住職がサッカークラブの代表兼総監督!?唯一無二の存在であるエストレーラFCから学ぶ、大切な”教え”とは

エストレーラFC代表兼総監督・仏教寺院天台宗正福寺住職 奥村良玄

住職がサッカークラブの代表兼総監督!?唯一無二の存在であるエストレーラFCから学ぶ、大切な”教え”とは

エストレーラFC代表兼総監督・仏教寺院天台宗正福寺住職 奥村良玄

「2001年にエストレーラFCを立ち上げて、2002年にはお坊さんの修行に行ってました(笑)」

こう笑顔で語るのは、エストレーラFCを立ち上げた張本人の奥村良玄さん。突如巡ってきたクラブ立ち上げと住職という2つの仕事を、どちらも滞りなく進めなければいけなくなったと当時を振り返って語ります。やったことのない仕事もやらなければいけない仕事も、同時進行で全て実行する。まさに大きな試練を乗り越えたその先に見えたのは、意外な共通点だったとか……。

「これからの10年は、従来とは違うクラブ経営をしないといけない」

お寺が運営するサッカークラブというどこを探しても見つからないチームが、子どもたちに届けたい価値とは?両方の側面があるからこそ伝えられることとは?そこには、子どものときに知っておきたかった数々の名言がありました。

(取材:構成=スポジョバ編集部 小林亘)

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「私は、サラリーマン家系に生まれた普通のサッカー少年でした」

__奥村さん、あまり理解しきれていないんですけれど、どうして住職をしながらサッカークラブをやろうと思ったんですか?そもそもどっちが先と言いますか……

奥村:なかなかいませんからね(笑)。手前味噌ですけど、恐らく唯一無二のチームだとも思いますし(笑)。その話でいくと、エストレーラFCの立ち上げが先ですね。もともと私は、普通のサラリーマン家庭に生まれているので、学生時代から考えると、まさか自分が今こういう状態になっているとは思っていませんでしたよ(笑)。

__整理しながら、お話伺ってもいいですか?(笑)。それであればまず、奥村さんがエストレーラFCを立ち上げた経緯を聞かせていただけますか?

奥村:そうですね!(笑)私はサッカー経歴とか本当に何もないんです。ただサッカーが好きで、中高はやってましたけど輝かしいものは一切なく、レギュラーにもなれなかった人間です。大学進学しても特別なことは一切なくて、バブル期だったので就活も一瞬で終わってしまいですね。ただ、スポジョバさんを見てる方ときっと同じで、普通の企業に就職したもんですから「やっぱサッカーに携われないかな。持ってる教員免許活かして、何かできないかな」って悩んでたんですよ。それが20代半ばくらいの頃ですかね。

__住職&クラブの理事長というパンチ力が凄かったのでびっくりしてましたけど、元々は本当に普通のサッカー少年だったわけですね!

奥村:いやー本当にそうですよ!それで、仕事を探して悩んでいるときにブラジルサッカー留学をした中学校時代の友人と「一緒に会社やろうぜ」って話になって、ブラジルサッカー留学の仕事を始めたんです。現地や日本でサッカーを教えるので指導の勉強を始めたんですけれど、やっていくと各年代に合わせた指導、中学生にはこういうトレーニングが必要で、高校生には〇〇が必要で……といった形でですね。それが必要ということに気づきまして。知っていく内に「これからもっと伸びていくであろう幼児から小学生・中学生の子をもっとメインに教えていきたいな。やるなら自分のクラブを作りたいな」と思って、彼と分かれてエストレーラを立ち上げたんですよ。それが始まりですかね。今思うと、サッカーの経歴も特にない自分が、よくできたよなって気持ちです(笑)。

__ご友人と一緒にサッカー留学やサッカー指導の仕事を始めたのが分岐点だったわけですね。その上で、ご自身で独立されてエストレーラがスタート。最初は大変だったんじゃないですか?

奥村:エストレーラが2001年に立ち上がるんですけれど、私1998年に結婚して子どももいたんです。だから当時を思い返すと、本当に大変だったと言いますか。それこそエストレーラ立ち上げたばかりの頃は、無料体験教室とかやってました。全然人は集まらなかったんですけど、一生懸命勉強して会を開いて運営して。同時にドラッグストアでアルバイトしてましたね。それを2年くらい継続して、なんとかエストレーラが形になってきて、簡単に言うと現在に至ります。ほんと、よくやれてたなって思います(笑)。





異色な融合。でも伝えたいことは、ものすごくシンプル

__ちょっと待ってください(笑)。お坊さんはいつから始められたんですか?

奥村:2002年ですね。エストレーラを立ち上げた翌年です。妻の実家がここ(正福寺)なんですよ。それで、妻は3姉妹の長女で跡取りがいないってことで、私に白羽の矢が立ったわけです。私としても、いつまでも夢を見たままじゃいけないなと思ったのもありました。それに掛け軸とかを見ると「仏教って結構良いこと書いてあるな」とか思ったりはしていて。それで今後のことも考えて、自分も家族も守れる一番の方法だなってことで、一念発起してって感じですね。でもエストレーラは絶対に畳みたくなかったので、両方やることに決めたって流れですかね。

__エストレーラの立ち上げとほぼ同時期じゃないですか(笑)大変そう……。

奥村:あの頃はお経を覚えることで精いっぱいでした(笑)。でも、エストレーラも私の指導を評価いただけてきた、いわゆる軌道に乗り始めたタイミングだったので、どっちも手を抜けなかったんですよ。あの1~2年は、本当に一生懸命頑張った記憶はあります。それにありがたい話ですが、仏教を勉強していて面白かったんですよ。仏教を信仰してくださいって話ではなくて、純粋に「これはすごく良い言葉だな」とか「これは人に知っておいてほしいな」とか色々思う所があって。これをエストレーラと上手く融合できたらいいなって。お坊さんという仕事とサッカーを通じた社会貢献が同時にできるんじゃないかなって、新たな活路を見出したと言いますか。

__え、すごく興味深いんですけれど、たとえば物事の捉え方の話とかそういうことですか?

奥村:たとえば「夢を持つ」っていうことを、仏教だと「発心(ほっしん)」って言うんですね。漢字の通り、心がないと何もスタートしないという意味なんですけれど、それを成し遂げるための努力、諦めない心を「誓願(せいがん)」って言うんです。もちろん「発心とか誓願が大事だから!」とかは子どもたちに言いませんけれど(笑)。でも言葉を分解して伝えていくことで、自然と心が豊かになれたり、仰る通り子どもたちの物事の捉え方が良い方向に変わったりしたらいいな、と思ってますね。

__どうしても「住職」という肩書のお方が話されているので頭でっかちになってしまっているんですが、でもエストレーラで考えたら奥村さんも1人のコーチなわけですもんね。エストレーラさんが対象としている幼児や小学生、中学生でしたら尚更、人として成長するためのアドバイスをいただけることで同年代よりも大人になれるんじゃないかなって思います。

奥村:クラブの経営と住職って、一見別物に見えがちですけど、いうなれば指導者・経営者として大切なマインドを、住職という仕事で培っているだけとも言えるんですよ。それを子どもたちに落とし込んでいるので、私としてはほかのチームやクラブでは学べないことを伝えられているんじゃないかなって、そう思います。お寺に来る機会って中々ないと思うし、パッと見だと良くわからない言葉が多いじゃないですか(笑)。そういうのをかみ砕いて、わかりやすく伝えていくことで、みんなが成長できればいいなって思いますね。





エストレーラFCのミッションは、BチームやCチームの子どもたちがどれだけ成長できるか、ということ

__奥村さんのお話を聞いていると、一見違うフィールドかもしれないことが、意外と自分の領域でも使えることって多いんじゃないかなって思います。今の世の中って情報が溢れてるじゃないですか。でもなんとなく見ていたテレビからも友達との雑談からも、活かそうと思えばいくらでも活用できるんじゃないかなって。その分、取捨選択が難しいですけれども(笑)

奥村:サッカーの指導方法に関しても同じことが言えると思います。調べればいくらでも出てくるじゃないですか(笑)。だからこそ、そもそもの指導者の育成っていうところが、やっぱり今後のサッカー界を良くするためには必要なことだなって思います。今後ウチのクラブとしても人を増やしてクラブを成長させていきたいところなんですけれど、まずその指導者を指導する人がいない。エストレーラの正社員のコーチたちに頑張ってもらっていたのですが、一人当たりの負担が多く、苦しい状況が続いていました。選手・スタッフにより良い指導環境を提供するにはどうすればよいか?と悩んでいたときに、NUMBER39の佐久間さんと出会って、菅野コーチに来ていただけることになったんですよね。

__そこで菅野さんとつながったわけですか!(詳細は菅野さんの記事(後編)を参照)

奥村:菅野コーチに加わってもらったことで、ウチもこれまで以上に盛り上がってきていますよ。それこそ現在当クラブで指導者をしているスタッフも大きく影響を受けてきています。選手の指導育成についてのミーティングの時間も増え、各年代でより良い指導環境を提供できるようになったと思います。だからこそ、エストレーラと39さんを上手くコラボしていくことで相乗効果が生まれると言いますか。菅野コーチも色んな挫折を経験されているからこそ「サッカーだけが人生じゃない」といったことは伝えていただけてて、本当に嬉しい限りですね。

__奥村さんが掲げているクラブの方針と、現場の指導方法と言いますか、その辺りがマッチしてきたわけですね。菅野さんの加入によって指導もだいぶ変わったということですが、具体的にどんな変化があったんですか?

奥村:わかりやすい例で言うと、やっぱり強いチームになればなるほど子どもたちの数って増えるわけですよね。その中でレギュラーを勝ち取れなくてベンチに座っているだけの子のほうが多いわけです。現場では「走っとけ」とかっていうケースもある。でも中学とかってこれから伸びる時期だと思うんですよね。そういうタイミングで夢破れちゃう子もいて。菅野コーチの場合は、やっぱりそっちに目を向けてくださる。それにサッカーが全てではないって話もよくしてくれます。だからこそ、レギュラーもそうじゃない子も成功体験をより重ねられるような指導・練習方法に変わっていって。結果Aチームの子だけじゃなくてBチームCチームの子も楽しくサッカーができるようになったんですよね。

__菅野さんからお話を聞いているだけに、お互いのやりたいことがかなりマッチしているように感じます。となると話が戻ってしまうかもしれないんですけれど、大人も子どもも成長できる環境=エストレーラFCという理想にかなり近づいてきているんじゃないですか?

奥村:そうだと嬉しいですね!とはいえ、やっぱりサッカーコーチという仕事は大変ですよ。好きだけでやっていけないことも多い。子どもたちはもちろん、保護者様の対応もありますし、結果も見えてきてしまうので。目先の結果を優先して我慢できずに辞めてしまう人も多いんです。でも、それを乗り越えて、たとえば試合に勝つこと、ウチみたいな街クラブが格上のチームに良いゲームができたときとか、保護者の方から「ありがとう」「子どもがこんな風に喜んでくれてて」とかって直接言ってもらえるんですよね。苦労があるけど、僕はこんなやりがいのある仕事ってないんじゃないかなって思います。





1000人いて、999人はプロになれないとしたら……

__地域の街クラブだからこそ、下剋上も起こせるでしょうし。そうなったらやりがいも間違いなく大きいですね。ちなみにクラブとしては、今後こういう風にしていきたいとか、いわゆるビジョンみたいなところも伺えますか?

奥村:やっぱりサッカー以外の部分ですね。プラスアルファ何を学べるかを、凄く大切にしたいし大切になってくるんじゃないかなって思います。「こういう指導者がいて、こういうことを学べるクラブなんだよ」っていうのを気に入ってもらえるようにしていきたい。エストレーラだったら、お寺のクラブなんでね。仏教から紐解いて人が成長するための考え方とかを学べますし、指導者ライセンスを持ち、正しい知識を持った情熱ある正社員のコーチと元Jリーガーの菅野コーチがいてスキルUPもできるっていうところが現状の武器ではあるんです。ちょっと月謝は上げちゃいましたけど、その分グラウンドを整備したりとかもできていて。そういった形で頑張っていたら、今U-13クラスには28人の将来が楽しみな子どもたちが集まってくれています。だからこの形を、もっと広めていきたいというところですね。

__28人全員の将来が楽しみっていう見方に、奥村さんのお人柄が出ている気がします。それに純粋に「サッカーを学びたい」だけであれば、どのクラブでもできると思うからこそ、エストレーラのカラーを今後より濃くしていくことと、もっと認知拡大をしていくための優秀なスタッフの存在があるわけですね。

奥村:クラブの経営としては結局、[会員数x会費]で決まっちゃうじゃないですか。だからやっぱり少しでもこのクラブに入ってくれた子たちには、最後まで一緒に頑張りたいなって。でも絶対に限界が来るじゃないですか、少子高齢化社会で子どもっていう母数が減っているのに、会員数ばっかり見ていたら難しいと思います。だからこそより良いサービスを提供していきたい。そのために今、ちょっと別の角度から企画を考えたりもしているんですよ。

__そうなんですか!ちなみにどんな活動をされていく予定なんですか?現状でもすでに特異なことをされていると思うので、個人的にはもっと色々やっていこう!という方針に驚きです。

奥村:やっぱりお寺っていう強みがあるので、地域・地元の方とのつながりをもっと大切にできたらなって思っています。スポンサーを探すこともそうですけど、単純に出資してくれて応援してくれる関係だけではなくて、私たちも協力して一緒に何か新しい取り組みをやっていきたいんです。たとえば企業とコラボしてなにかできないかなとか。そういう風になったら、きっと選手も指導者も「地元のために頑張ろう」「エストレーラの選手なんだ」ってプライドがもっと出てくるとも思うので、そこはこれから、クラブとしての価値をもっと創っていければと思っていますね。

__お寺とクラブがマッチしてきて、良い指導者も確保できた。まさにこれからのクラブだと思うのですが、最後に奥村さんから一言、サッカーを始めたい子どもたちと、指導者になりたい大人にもメッセージをいただけますか?

奥村:きっと子どもたちが1000人いたら、999人近くはプロになれないという厳しい世界です。だとしたら「強いチーム」ではなくて「こういうことを学べるエストレーラ」っていう選択って、全然ありだと思うんですよね。そのような環境で、自分の夢であるプロサッカー選手を目指すために努力すること、仲間を大切にすること、親や応援してくれる方に感謝することなどを学んでもらいたいです。たとえ夢が叶わなかったとしても、次の夢に向かって努力する、そんな力をエストレーラの活動を通して身に付けてもらえる協力できればと考えています。そして、選手だけでなく私自身も含め、大人も成長できる環境を提供できればと思います。むしろそういう価値が今後10年は問われる時代に入ってきていると思います。エストレーラも徐々にですけれど、地元の方々に知ってもらえるようになってきているので、今後も頑張っていきたいですね。また、指導者になりたい方にとっては、やっぱりサラリーの部分が一番大変だと思うんです。そういうところも含めて、先ほどお話した地域とコラボした活動を始めて、しっかりとコーチとして生計を立てられるようにウチが提案できればなって想いもあるんです。いずれにしても、住職とクラブ運営の両方から、自分ができる社会貢献をもっと続けていくことで、子どもたちにも大人にも、良い影響を与えられたら非常に幸せです。

__奥村さん、今回はご多忙の中取材のお時間いただきありがとうございました!エストレーラFCのこれからの発展、非常に楽しみです!陰ながら応援し続けますね!





【PROFILE】

 奥村良玄|エストレーラFC代表兼総監督・仏教寺院天台宗正福寺住職

中高サッカー部。大学卒業後に第二志望の会社へ就職。4年ほど勤めたあと「やっぱり自分はサッカーに携わりたい。教員免許を活かして何かしらサッカー界に貢献できないか」と悩んでいたところ、ブラジルサッカー留学をしていた中学時代の友人とブラジルサッカー留学の会社を始める。ここで指導者としての経験を積んだあと「自分のクラブを持ちたい」という想いが強くなり『エストレーラFC』を立ち上げる。立ち上げとほぼ同時期に、奥様のご実家である正福寺で「住職をやらないか」という打診があり、そこから二足の草鞋を履くことになる。現在はその両面を武器にクラブを運営し、地元とサッカー界に新しい風を吹き込んでいる。


★エストレーラFCでコーチをしている菅野さんの記事はコチラ

▼前編



▼後編


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「2001年にエストレーラFCを立ち上げて、2002年にはお坊さんの修行に行ってました(笑)」

こう笑顔で語るのは、エストレーラFCを立ち上げた張本人の奥村良玄さん。突如巡ってきたクラブ立ち上げと住職という2つの仕事を、どちらも滞りなく進めなければいけなくなったと当時を振り返って語ります。やったことのない仕事もやらなければいけない仕事も、同時進行で全て実行する。まさに大きな試練を乗り越えたその先に見えたのは、意外な共通点だったとか……。

「これからの10年は、従来とは違うクラブ経営をしないといけない」

お寺が運営するサッカークラブというどこを探しても見つからないチームが、子どもたちに届けたい価値とは?両方の側面があるからこそ伝えられることとは?そこには、子どものときに知っておきたかった数々の名言がありました。

(取材:構成=スポジョバ編集部 小林亘)

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「私は、サラリーマン家系に生まれた普通のサッカー少年でした」

__奥村さん、あまり理解しきれていないんですけれど、どうして住職をしながらサッカークラブをやろうと思ったんですか?そもそもどっちが先と言いますか……

奥村:なかなかいませんからね(笑)。手前味噌ですけど、恐らく唯一無二のチームだとも思いますし(笑)。その話でいくと、エストレーラFCの立ち上げが先ですね。もともと私は、普通のサラリーマン家庭に生まれているので、学生時代から考えると、まさか自分が今こういう状態になっているとは思っていませんでしたよ(笑)。

__整理しながら、お話伺ってもいいですか?(笑)。それであればまず、奥村さんがエストレーラFCを立ち上げた経緯を聞かせていただけますか?

奥村:そうですね!(笑)私はサッカー経歴とか本当に何もないんです。ただサッカーが好きで、中高はやってましたけど輝かしいものは一切なく、レギュラーにもなれなかった人間です。大学進学しても特別なことは一切なくて、バブル期だったので就活も一瞬で終わってしまいですね。ただ、スポジョバさんを見てる方ときっと同じで、普通の企業に就職したもんですから「やっぱサッカーに携われないかな。持ってる教員免許活かして、何かできないかな」って悩んでたんですよ。それが20代半ばくらいの頃ですかね。

__住職&クラブの理事長というパンチ力が凄かったのでびっくりしてましたけど、元々は本当に普通のサッカー少年だったわけですね!

奥村:いやー本当にそうですよ!それで、仕事を探して悩んでいるときにブラジルサッカー留学をした中学校時代の友人と「一緒に会社やろうぜ」って話になって、ブラジルサッカー留学の仕事を始めたんです。現地や日本でサッカーを教えるので指導の勉強を始めたんですけれど、やっていくと各年代に合わせた指導、中学生にはこういうトレーニングが必要で、高校生には〇〇が必要で……といった形でですね。それが必要ということに気づきまして。知っていく内に「これからもっと伸びていくであろう幼児から小学生・中学生の子をもっとメインに教えていきたいな。やるなら自分のクラブを作りたいな」と思って、彼と分かれてエストレーラを立ち上げたんですよ。それが始まりですかね。今思うと、サッカーの経歴も特にない自分が、よくできたよなって気持ちです(笑)。

__ご友人と一緒にサッカー留学やサッカー指導の仕事を始めたのが分岐点だったわけですね。その上で、ご自身で独立されてエストレーラがスタート。最初は大変だったんじゃないですか?

奥村:エストレーラが2001年に立ち上がるんですけれど、私1998年に結婚して子どももいたんです。だから当時を思い返すと、本当に大変だったと言いますか。それこそエストレーラ立ち上げたばかりの頃は、無料体験教室とかやってました。全然人は集まらなかったんですけど、一生懸命勉強して会を開いて運営して。同時にドラッグストアでアルバイトしてましたね。それを2年くらい継続して、なんとかエストレーラが形になってきて、簡単に言うと現在に至ります。ほんと、よくやれてたなって思います(笑)。





異色な融合。でも伝えたいことは、ものすごくシンプル

__ちょっと待ってください(笑)。お坊さんはいつから始められたんですか?

奥村:2002年ですね。エストレーラを立ち上げた翌年です。妻の実家がここ(正福寺)なんですよ。それで、妻は3姉妹の長女で跡取りがいないってことで、私に白羽の矢が立ったわけです。私としても、いつまでも夢を見たままじゃいけないなと思ったのもありました。それに掛け軸とかを見ると「仏教って結構良いこと書いてあるな」とか思ったりはしていて。それで今後のことも考えて、自分も家族も守れる一番の方法だなってことで、一念発起してって感じですね。でもエストレーラは絶対に畳みたくなかったので、両方やることに決めたって流れですかね。

__エストレーラの立ち上げとほぼ同時期じゃないですか(笑)大変そう……。

奥村:あの頃はお経を覚えることで精いっぱいでした(笑)。でも、エストレーラも私の指導を評価いただけてきた、いわゆる軌道に乗り始めたタイミングだったので、どっちも手を抜けなかったんですよ。あの1~2年は、本当に一生懸命頑張った記憶はあります。それにありがたい話ですが、仏教を勉強していて面白かったんですよ。仏教を信仰してくださいって話ではなくて、純粋に「これはすごく良い言葉だな」とか「これは人に知っておいてほしいな」とか色々思う所があって。これをエストレーラと上手く融合できたらいいなって。お坊さんという仕事とサッカーを通じた社会貢献が同時にできるんじゃないかなって、新たな活路を見出したと言いますか。

__え、すごく興味深いんですけれど、たとえば物事の捉え方の話とかそういうことですか?

奥村:たとえば「夢を持つ」っていうことを、仏教だと「発心(ほっしん)」って言うんですね。漢字の通り、心がないと何もスタートしないという意味なんですけれど、それを成し遂げるための努力、諦めない心を「誓願(せいがん)」って言うんです。もちろん「発心とか誓願が大事だから!」とかは子どもたちに言いませんけれど(笑)。でも言葉を分解して伝えていくことで、自然と心が豊かになれたり、仰る通り子どもたちの物事の捉え方が良い方向に変わったりしたらいいな、と思ってますね。

__どうしても「住職」という肩書のお方が話されているので頭でっかちになってしまっているんですが、でもエストレーラで考えたら奥村さんも1人のコーチなわけですもんね。エストレーラさんが対象としている幼児や小学生、中学生でしたら尚更、人として成長するためのアドバイスをいただけることで同年代よりも大人になれるんじゃないかなって思います。

奥村:クラブの経営と住職って、一見別物に見えがちですけど、いうなれば指導者・経営者として大切なマインドを、住職という仕事で培っているだけとも言えるんですよ。それを子どもたちに落とし込んでいるので、私としてはほかのチームやクラブでは学べないことを伝えられているんじゃないかなって、そう思います。お寺に来る機会って中々ないと思うし、パッと見だと良くわからない言葉が多いじゃないですか(笑)。そういうのをかみ砕いて、わかりやすく伝えていくことで、みんなが成長できればいいなって思いますね。





エストレーラFCのミッションは、BチームやCチームの子どもたちがどれだけ成長できるか、ということ

__奥村さんのお話を聞いていると、一見違うフィールドかもしれないことが、意外と自分の領域でも使えることって多いんじゃないかなって思います。今の世の中って情報が溢れてるじゃないですか。でもなんとなく見ていたテレビからも友達との雑談からも、活かそうと思えばいくらでも活用できるんじゃないかなって。その分、取捨選択が難しいですけれども(笑)

奥村:サッカーの指導方法に関しても同じことが言えると思います。調べればいくらでも出てくるじゃないですか(笑)。だからこそ、そもそもの指導者の育成っていうところが、やっぱり今後のサッカー界を良くするためには必要なことだなって思います。今後ウチのクラブとしても人を増やしてクラブを成長させていきたいところなんですけれど、まずその指導者を指導する人がいない。エストレーラの正社員のコーチたちに頑張ってもらっていたのですが、一人当たりの負担が多く、苦しい状況が続いていました。選手・スタッフにより良い指導環境を提供するにはどうすればよいか?と悩んでいたときに、NUMBER39の佐久間さんと出会って、菅野コーチに来ていただけることになったんですよね。

__そこで菅野さんとつながったわけですか!(詳細は菅野さんの記事(後編)を参照)

奥村:菅野コーチに加わってもらったことで、ウチもこれまで以上に盛り上がってきていますよ。それこそ現在当クラブで指導者をしているスタッフも大きく影響を受けてきています。選手の指導育成についてのミーティングの時間も増え、各年代でより良い指導環境を提供できるようになったと思います。だからこそ、エストレーラと39さんを上手くコラボしていくことで相乗効果が生まれると言いますか。菅野コーチも色んな挫折を経験されているからこそ「サッカーだけが人生じゃない」といったことは伝えていただけてて、本当に嬉しい限りですね。

__奥村さんが掲げているクラブの方針と、現場の指導方法と言いますか、その辺りがマッチしてきたわけですね。菅野さんの加入によって指導もだいぶ変わったということですが、具体的にどんな変化があったんですか?

奥村:わかりやすい例で言うと、やっぱり強いチームになればなるほど子どもたちの数って増えるわけですよね。その中でレギュラーを勝ち取れなくてベンチに座っているだけの子のほうが多いわけです。現場では「走っとけ」とかっていうケースもある。でも中学とかってこれから伸びる時期だと思うんですよね。そういうタイミングで夢破れちゃう子もいて。菅野コーチの場合は、やっぱりそっちに目を向けてくださる。それにサッカーが全てではないって話もよくしてくれます。だからこそ、レギュラーもそうじゃない子も成功体験をより重ねられるような指導・練習方法に変わっていって。結果Aチームの子だけじゃなくてBチームCチームの子も楽しくサッカーができるようになったんですよね。

__菅野さんからお話を聞いているだけに、お互いのやりたいことがかなりマッチしているように感じます。となると話が戻ってしまうかもしれないんですけれど、大人も子どもも成長できる環境=エストレーラFCという理想にかなり近づいてきているんじゃないですか?

奥村:そうだと嬉しいですね!とはいえ、やっぱりサッカーコーチという仕事は大変ですよ。好きだけでやっていけないことも多い。子どもたちはもちろん、保護者様の対応もありますし、結果も見えてきてしまうので。目先の結果を優先して我慢できずに辞めてしまう人も多いんです。でも、それを乗り越えて、たとえば試合に勝つこと、ウチみたいな街クラブが格上のチームに良いゲームができたときとか、保護者の方から「ありがとう」「子どもがこんな風に喜んでくれてて」とかって直接言ってもらえるんですよね。苦労があるけど、僕はこんなやりがいのある仕事ってないんじゃないかなって思います。





1000人いて、999人はプロになれないとしたら……

__地域の街クラブだからこそ、下剋上も起こせるでしょうし。そうなったらやりがいも間違いなく大きいですね。ちなみにクラブとしては、今後こういう風にしていきたいとか、いわゆるビジョンみたいなところも伺えますか?

奥村:やっぱりサッカー以外の部分ですね。プラスアルファ何を学べるかを、凄く大切にしたいし大切になってくるんじゃないかなって思います。「こういう指導者がいて、こういうことを学べるクラブなんだよ」っていうのを気に入ってもらえるようにしていきたい。エストレーラだったら、お寺のクラブなんでね。仏教から紐解いて人が成長するための考え方とかを学べますし、指導者ライセンスを持ち、正しい知識を持った情熱ある正社員のコーチと元Jリーガーの菅野コーチがいてスキルUPもできるっていうところが現状の武器ではあるんです。ちょっと月謝は上げちゃいましたけど、その分グラウンドを整備したりとかもできていて。そういった形で頑張っていたら、今U-13クラスには28人の将来が楽しみな子どもたちが集まってくれています。だからこの形を、もっと広めていきたいというところですね。

__28人全員の将来が楽しみっていう見方に、奥村さんのお人柄が出ている気がします。それに純粋に「サッカーを学びたい」だけであれば、どのクラブでもできると思うからこそ、エストレーラのカラーを今後より濃くしていくことと、もっと認知拡大をしていくための優秀なスタッフの存在があるわけですね。

奥村:クラブの経営としては結局、[会員数x会費]で決まっちゃうじゃないですか。だからやっぱり少しでもこのクラブに入ってくれた子たちには、最後まで一緒に頑張りたいなって。でも絶対に限界が来るじゃないですか、少子高齢化社会で子どもっていう母数が減っているのに、会員数ばっかり見ていたら難しいと思います。だからこそより良いサービスを提供していきたい。そのために今、ちょっと別の角度から企画を考えたりもしているんですよ。

__そうなんですか!ちなみにどんな活動をされていく予定なんですか?現状でもすでに特異なことをされていると思うので、個人的にはもっと色々やっていこう!という方針に驚きです。

奥村:やっぱりお寺っていう強みがあるので、地域・地元の方とのつながりをもっと大切にできたらなって思っています。スポンサーを探すこともそうですけど、単純に出資してくれて応援してくれる関係だけではなくて、私たちも協力して一緒に何か新しい取り組みをやっていきたいんです。たとえば企業とコラボしてなにかできないかなとか。そういう風になったら、きっと選手も指導者も「地元のために頑張ろう」「エストレーラの選手なんだ」ってプライドがもっと出てくるとも思うので、そこはこれから、クラブとしての価値をもっと創っていければと思っていますね。

__お寺とクラブがマッチしてきて、良い指導者も確保できた。まさにこれからのクラブだと思うのですが、最後に奥村さんから一言、サッカーを始めたい子どもたちと、指導者になりたい大人にもメッセージをいただけますか?

奥村:きっと子どもたちが1000人いたら、999人近くはプロになれないという厳しい世界です。だとしたら「強いチーム」ではなくて「こういうことを学べるエストレーラ」っていう選択って、全然ありだと思うんですよね。そのような環境で、自分の夢であるプロサッカー選手を目指すために努力すること、仲間を大切にすること、親や応援してくれる方に感謝することなどを学んでもらいたいです。たとえ夢が叶わなかったとしても、次の夢に向かって努力する、そんな力をエストレーラの活動を通して身に付けてもらえる協力できればと考えています。そして、選手だけでなく私自身も含め、大人も成長できる環境を提供できればと思います。むしろそういう価値が今後10年は問われる時代に入ってきていると思います。エストレーラも徐々にですけれど、地元の方々に知ってもらえるようになってきているので、今後も頑張っていきたいですね。また、指導者になりたい方にとっては、やっぱりサラリーの部分が一番大変だと思うんです。そういうところも含めて、先ほどお話した地域とコラボした活動を始めて、しっかりとコーチとして生計を立てられるようにウチが提案できればなって想いもあるんです。いずれにしても、住職とクラブ運営の両方から、自分ができる社会貢献をもっと続けていくことで、子どもたちにも大人にも、良い影響を与えられたら非常に幸せです。

__奥村さん、今回はご多忙の中取材のお時間いただきありがとうございました!エストレーラFCのこれからの発展、非常に楽しみです!陰ながら応援し続けますね!





【PROFILE】

 奥村良玄|エストレーラFC代表兼総監督・仏教寺院天台宗正福寺住職

中高サッカー部。大学卒業後に第二志望の会社へ就職。4年ほど勤めたあと「やっぱり自分はサッカーに携わりたい。教員免許を活かして何かしらサッカー界に貢献できないか」と悩んでいたところ、ブラジルサッカー留学をしていた中学時代の友人とブラジルサッカー留学の会社を始める。ここで指導者としての経験を積んだあと「自分のクラブを持ちたい」という想いが強くなり『エストレーラFC』を立ち上げる。立ち上げとほぼ同時期に、奥様のご実家である正福寺で「住職をやらないか」という打診があり、そこから二足の草鞋を履くことになる。現在はその両面を武器にクラブを運営し、地元とサッカー界に新しい風を吹き込んでいる。


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