FC今治のホームグロウンGグループ長を務める矢野克志さん。
筑波大学蹴球部のコーチをはじめ、海外やJクラブでも指導者として活躍してきた。
地元である愛媛県今治市に戻ってきたのは、FC今治のオーナーである岡田武史さんからの誘いがきっかけだった。
今治の地域全体でレベルアップしていくという「今治モデル」の理念のもと、スクールやイベントを通してサッカーの楽しさや魅力を伝えるだけではなく、巡回指導では各学校の強化にも貢献してきた。
自身の目標は「どんなカテゴリーでも指導できる指導者になること」だ。
今治市を含む東予地域をサッカー文化に溢れる街にするために。
矢野さんの挑戦はこれからも続く。
(取材:構成=スポジョバ編集部 渡邉知晃)
FC今治のホームグロウンGグループ長の矢野克志さんがFC今治に入るきっかけになったのは、サッカー日本代表監督として1998年と2010年の2度のW杯を指揮した岡田武史さんからの誘いだった。
2015年に、岡田さんがFC今治のオーナーになったということをニュースで知った矢野さんだったが、その数日後に「一度会って話がしたい」と岡田さんから直々に電話がかかってきた。
「今治出身なんだし、一緒にやらないか?」
矢野さんは、岡田さんからのこの誘いを快諾した。
「岡田さんと一緒に仕事ができるということ自体がすごくチャンスでしたし、そこはかなり大きかったかなと思います」
この決断には、矢野さん自身の地元である今治という街に貢献したいという思いもあった。U-12の監督から始まり、2016年にはトップチームのコーチ、2018年にはU-15の監督を経て、2020年に現在のホームグロウンGグループ長に就任した。
「僕らのミッションは、今治もしくは東予地域のサッカーのレベルを上げていくこと。メインの仕事は、巡回サッカー教室やサッカースクールをやっている部署なんですけど、子どもたちが一番最初にサッカーと出会う場所になることが多いので、サッカーファミリーを増やす、FC今治ファミリーを増やすというところと、サッカーを好きになってもらうというところ、そこが自分たちの仕事の大きい部分かなと思っています」
具体的には、幼稚園、こども園、保育園などでの巡回サッカー教室や、サッカースクールで子供たちに教える。地元の小中高の部活に行って指導をする。各イベントを実施していくというのがメイン業務だ。巡回指導やスクールを、ホームグロウングループのメンバー5名で分担しながら行っている。
FC今治には「スクール」と「アカデミー」があるが、この2つでは所属している子供たちの目標や目的が違うため、指導方法や内容を変えて行っている。現在のスクールには、年中から小学6年生まで300名以上の子どもたちが通っている。
「アカデミーに来る子どもたちというのは、自分はプロサッカー選手になるんだという目標を持って通ってきてくれていると思います。一方で、スクールに来ている子どもたちの思いはいろいろあって、サッカーが楽しくてとか、もしくは親に行かされてとか、いろんなモチベーションでスクールに通ってくれています。自分たちの仕事はもちろんサッカー活動を通してサッカーが上手くなること、もしくは体を動かすのが楽しくなるとか、サッカーの楽しさを伝えるというところも入ってくると思うので、そういうところがアカデミーとの違いかなと思いますね」
FC今治には、オーナーである岡田さんが掲げる育成計画の「今治モデル」という取り組みがある。地域全体で長期一貫指導を行って強化していくというこのモデルにも矢野さんは関わっている。
「FC今治だけが強くなるのではなく、地元のチーム、小中高のチームも一緒に強くなっていくという理念であり、『今治モデル』という名前のもとで、地域の部活動とか普段の練習に行って指導をしたり、トレセン活動にコーチを派遣したり、そういうことを行って地域全体のレベルを上げていくというのが今治モデルの理想です。将来的には今治から、もしくは東予地域からFC今治のトップチームの選手や日本代表選手を育てていこうといった考え方になります」
こういった取り組みは今治市だけに限らず、東予地域全体で行っており、地域のほとんどすべての少年団、中学校、高校を回って指導をしている。
これまで行ってきた「今治モデル」の成果というのは、現在、少しずつ結果として出てきている。2020年に今治モデルで初のFC今治トップチーム入りを果たした、県立今治東中等教育学校(以下:今治東)出身の高瀬太聖選手は記憶に新しい。矢野さん自身も指導した選手だ。
「彼の所属していた今治東高校に週に1回指導に行っていたので、直接の関わりもありますし、クラブとしては2015年にスタートしたときから彼は地元の選手なので、トレセン活動や高校でも自分以外のコーチも指導に行っていたので、関わりが長い選手ですね」
高瀬選手が所属していた今治東が、愛媛県代表として全国高校サッカー選手権の全国大会に出場したことも「今治モデル」の効果の一つだ。矢野さんが「自分たちが指導に行ったから強くなって全国大会に行けたという風には思っていないです」と語ったように、大前提として、今治東を率いる谷謙吾監督の指導の力があっての全国大会出場である。それでも、FC今治がこれまで行なってきた巡回指導は、少なからず彼らの向上に繋がっているはずだ。
「練習という形で少しでも貢献させていただけたとしたら、自分たちとしてはやってきて良かったなと思います」
今治東を筆頭に、高校年代に限らず、小学生、中学生年代でも今治を中心とした東予地域全体がレベルアップしてきている。
「今治東の中等部も県大会で優勝しましたし、地域全体としてレベルは上がってきているのではないかという実感はあります。もちろん、FC今治アカデミーの子たちの結果も含めてです」
これこそが、FC今治だけではなく地域全体でレベルアップしていくということを目標としている「今治モデル」の目指している形だ。
「ホームグロウンという言葉が示すように、1年、2年活動したからといってすぐに芽が出て収穫できるというわけではない」
「ホームグロウンGグループ長」というのが現在の矢野さんの役職名だ。この仕事は、すぐに結果が出るものではなく、継続していくことによって前述した今治東のような効果が出てくる。地道に、時間をかけて続けていくことが必要な活動だ。だからこそのやり甲斐もある。
「この活動を通して多くの子どもたちと触れ合って、子どもたちがサッカーやスポーツに触れ合うきっかけになって、将来的にFC今治を応援してくれる人たちが増えていくという結果は、何十年先にならないとわからないことなので、クラブが信念を持ってやり続けていくということがすごく大事だと思います」
そして、もう一つ大きな目標がある。
「今治、もしくは東予という地域が、大きく言うと愛媛県がヨーロッパのようなサッカー文化にあふれる街になるところまで活動していくことが大事だと思います」
自身が生まれ育った街である今治に、”サッカー文化”を根付かせるために。今、地元でこうやって自分のやりたい仕事ができているということは恵まれていると矢野さんは言う。しかし、選手だけではなく、サッカークラブにいる以上は指導者も「厳しい契約の世界」であることは変わらない。
「自分はあまり長い先のことを考えるというのはないので、目の前の仕事を一生懸命頑張って、将来振り返った時に、自分の目標が実現できていたら良いかなと思っています」
矢野さんは、FC今治に入ってからU-12の監督、トップチームコーチ、U-15の監督、ホームタウンチーム長を経て現在の役職についた。トップチームのコーチになった際には、周囲から「出世したね」と言われたが、そうではないと言う。
「適材適所であり、自分がやりたいことと実際にやっていることがマッチしているのかというのが大事だと思います」
スクールコーチからアカデミーのコーチへ、そしてトップチームにという階段が必ずしも出世というわけではない。与えられたポジションで何を求められているかを理解して、行動していくことが必要だ。
「自分はできるだけ多くのことができるコーチになりたいと思っています」
ホームグロウンの仕事をやっていく上で最も大切なことは、「子供が好き」と言う気持ちだと矢野さんは話す。トップチームとは違い、基本的には子供たちと触れ合うことが多い。年齢によって接し方は変わってくるが、子供たちにサッカーを好きになってもらうことが大事な役割だ。
「本当に、自分の目の前にいる子供たちを全て受け入れて好きになれるかというのがすごく大事なんじゃないかなと思います」
この活動の成果というのがFC今治のホームゲームに表れ、そしてチームが長く続いていくために不可欠なものだ。今教えている子供たちにFC今治を身近に感じてもらう。そして、将来的には、彼ら彼女らがFC今治を支えてくれる存在になっていく。
「例えば、トップチームの順位に関係なく、常にスタジアムにたくさんのお客さんが来てくれるという状態を作れたら、自分たちの活動がうまくいったと言えるのではないかと思います」
最後に、ホームグロウンの活動をやっていくために大事なことを教えてくれた。
「子供たちが好きだということと、ホームグロウンの部署においては、『地域』というところも一つのキーワードだと思うので、子供たち、もしくは指導者の方々と一緒に、この地域のサッカーを盛り上げていくという気持ちが一番大切だと感じています」
今治、そして東予地域のサッカー熱を高め、街の文化として定着させるために。
矢野さんの挑戦はこれからも続いていく。
【プロフィール】矢野克志
出身地は愛媛県今治市、ニックネームはかつしコーチ。
筑波大学蹴球部のコーチをはじめ、海外やJクラブでも指導者として活躍。地元である愛媛県今治市に戻ってきたのは、FC今治のオーナーである岡田武史さんからの誘いがきっかけ。FC今治に入ってからU-12の監督、トップチームコーチ、U-15の監督、ホームタウンチーム長を経て現職。「子供たちを全て受け入れて好きになれるか」というスタンスを持って活動。
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