横浜にバスケで温もりを。横浜エクセレンスが灯した希望の明かり。

株式会社横浜エクセレンス 代表取締役社長 桜井 直哉

横浜にバスケで温もりを。横浜エクセレンスが灯した希望の明かり。

株式会社横浜エクセレンス 代表取締役社長 桜井 直哉

2012年から『東京エクセレンス』として、そして2021年にホームタウンを東京都板橋区から神奈川県横浜市に移転。クラブ名称を改称して活動しているプロバスケットボールクラブがある。2021年に開催された東京2020オリンピック以降、高まるバスケットボール人気の中で成長し続ける『横浜エクセレンス』だ。昨シーズン、B3リーグで優勝を遂げ、今シーズンはB2リーグに昇格。横浜の地で輝きを放つエクセレンスの魅力、そして将来の展望を代表取締役社長の桜井直哉氏に聞いた。

(取材・執筆:河合 昌浩、編集:伊藤 知裕、中田 初葵)

ゼロからの横浜参入。横浜のトップチームとして踏み出した第一歩

東京エクセレンス時代に本拠地とするアリーナがBリーグのライセンス基準に満たないことからライセンス不交付による2度のB3リーグ降格を経験。東京都内および近隣エリアでホームアリーナの確保に奔走する中、2020年、横浜市に収容人数3000人の横浜武道館ができ、2024年には横浜武道館の斜め向かいに収容人数5000人のアリーナ、横浜BUNTAIが完成するという話を聞きつけたという。それが横浜エクセレンスの始まりだった。

「横浜移転はすんなり進んだわけではありませんでした。まずは関係各所に、ゼロからエクセレンスを知ってもらうところから始まりました。横浜にはすでに横浜ビー・コルセアーズというチームがあったので、横浜市と横浜市スポーツ協会、そして横浜ビー・コルセアーズの3つから承諾書をもらわないとなりませんでした。」

現在横浜には野球の横浜DeNAベイスターズ、サッカーの横浜F・マリノスのほか、バスケットボールやラグビーなど7種競技で、エクセレンスを含めれば13ものトップスポーツチームがある。バスケットボールでは横浜ビー・コルセアーズが都筑区・港北区・青葉区の北部エリアをホームタウンとしているが、エクセレンスが新規参入するに当たって障害はなかったのだろうか。

「横浜では関内を中心に再開発が進んでいました。横浜武道館が新設され横浜文化体育館が横浜BUNTAIとしてリニューアルされることになり、スポーツコンテンツがもうひとつ必要だというタイミングだったんです。関内というエリアを横浜市と一緒にどう盛り上げていくのか。そういったお話からさせていただきました。」

「浜っ子」たちが灯してくれた移転への希望

東京エクセレンス時代、B3リーグで優勝をしてもホームアリーナの規模がライセンスの基準(B2リーグで活動するには、3000人を収容する規模のアリーナが必要とするBリーグの規定)に満たず、強くても上に上がることができないという葛藤を抱えていた。それだけに、横浜移転は大きなチャンスだった。エクセレンスが活動をするのは、関内をはじめとした中区・西区を中心とする南部エリア。エリアは違うといえ、横浜市に2つのバスケットボールチームができることになる。どのようにして地元市民の関心と共感を得ていったのだろう。

「私たちスポーツクラブは公共の要素が強くあります。エクセレンスは横浜市の持ち物ではありませんが、横浜市が管理をしているアリーナをホームとして数多く使わせていただいている。本来の意味であればアリーナは市民の皆さんのもの。市民の皆さんの理解を得られなくてはならないわけです。じゃあ、市民のために何ができるんだ。街のために何をするんだ。『試合をやるので皆さん来てください』だけではなく、地域の皆さんと交流する場を作り、街の未来をともに作っていくことが最も重要なんです。」

当時、桜井社長はホームタウン事業部の部長を務めており、人脈作りから始めたという。

「部長といっても、当時は私ひとりしかホームタウン事業部にはいなくて。横浜市など周囲の方にお力を借りて、関内の主要な商店街や企業の皆さんにご挨拶に伺うことから始めました。『こういうバスケットボールクラブがあるんですよ。移転は2021年7月にしますので、よろしくお願いします』と。そこから始めて本当にゼロからのスタートでした。」

挨拶回りを始めた頃は、世界中を騒がせたコロナ禍の真っ只中。「試合を観に来てください」とも言いづらいし、人に会うのもはばかられた時期。とにかく日参する営業方法では門前払いは必須の状況だったが、横浜という街、そして関内の人たちはエクセレンスを受け入れ始めた。

「最初は暗闇の中での手探り状態でした。横浜市の人口はおよそ377万人、東京エクセレンス時代のホームタウンである板橋区の人口は60万人ほど。6倍強の人たちが横浜市にはいます。そして『2~3日横浜にいれば浜っ子』という言葉があるように、横浜の人たちは地元への愛着がとても強い方たちなんです。特に関内エリアは街への愛着が強い方が多い。商店の2代目3代目、4代目の方もいらっしゃる。そういった方たちは特に地元への愛着が強く、街を盛り上げていきたいと思っているんです。ですから一度入り込んでしまうととても良くしてくださりますし、イベントや地域連携の数も横浜に移転してからかなり増えました。」

人々の心に温もりを。ガス灯が照らす、エクセレンスの卓越性

まずは関内エリアの再開発にチャンスをつかみ、地域密着を前面に打ち出してエクセレンスを横浜に根付かせていった。桜井社長は、自ら地元の商店街と同じ土俵に立って、ひとりずつ地道にエクセレンスを広めていったという。そうとはいえ、地域密着は他のチームも掲げているテーマだ。新規参入するチームとして、どのような差別化を考えていたのだろうか。チーム名のエクセレンス(Excellence)は直訳をすると『卓越性』。本拠地が東京から横浜へ移り、チームの卓越性はどんなところに現れていったのだろう。

「正直に申し上げれば、差別化というのは結構難しいと思っています。それぞれのスポーツクラブでこういう違いを出しますと言っても、それは伝わりにくい。ただひとつ私が言えるのは、私たちがどれだけ身近に入っていけるかどうか、親しみやすいかどうか、そこが大事だと思うんです。
クラブには『Light up for Excellence』というスローガンがあって、クラブロゴはガス灯をデザインしたものです。そもそも横浜の馬車道で明治時代の初期に日本で初めてガス灯が灯りました。真っ暗な夜から明るい夜に変わり、ガス灯の眩しい輝きに人々は驚き、毎夜お祭り騒ぎのような賑わいが続いたといいます。街を灯し、人々を灯したガス灯にエクセレンスは思いを重ね、街を照らしクラブを照らし、人の心に明かりを灯す。エクセレンスと触れ合った人たちに明かりを灯す存在でありたい。

それにはまず、私たち自身が明かりを灯す温かい存在でなくてはなりません。温かみがあってこそ、いろんな人に感情を共有できる。これが卓越性につながっていくのだと考えています。
すでに存在していた横浜ビー・コルセアーズのコルセアーズは海賊船団という意味で名付けられたといいます。それに対して私たちはガス灯の温かみ。ここに差別化があり、チームの卓越性につながっていくのだと考えています。」

街で漏れ聞こえる会話こそ、社員が灯した明かりの証

横浜ビー・コルセアーズの海賊は、強くやんちゃなイメージなのかなと。それに対する横浜エクセレンスのガス灯は、人々の心を照らす明かりのぬくもり。激しいプレーを見せる姿の奥に潜む熱量、その熱が見る者の心に届き温かな明かりを灯す。そんなエクセレンスの選手、社員の姿は地元の人たちの心に響いている。横浜エクセレンスとしてスタートしてから今季で5シーズン目。新規参入をしたエクセレンスは、地元に根付く成果を着実に出している。

「横浜エクセレンスの初年度は試合の平均入場者数が609人だったのが、今季は2100人ぐらいに増えています。そして、何より嬉しいのが街を歩いていて『エクセレンスが~』って会話を耳にすることがたまにあるんですよ。それが私はすごく嬉しくて。横浜エクセレンスの桜井ですってご挨拶に伺えば、『あぁ知ってるよ。試合を観に行ったよ』という方も間違いなく増えています。爆発的に一気に増えたという感じではなく、少しずつコツコツと。地域との連携でようやく結果が出てきたと実感しています。」

地域との連携は地元の小学校でのバスケットボールスクールや、職業講話での学校訪問、地元のお祭りや商店街のイベント、街の清掃活動などに参加している。

「まずはエクセレンスと触れ合ってもらうことが大事。CMを見て認知するのと地域の活動で触れ合って認知するのとでは、表面上は同じでも深さでは全然違うと思うんです。いかに親しみやすいエクセレンスを認知してもらうのか。そこが他のスポーツチームとの差別化につながっていくのだと考えています。横浜に来てイベントの数が増えましたし、集まる人も増えてきました。例えばある市内の小学校の皆さんが『横浜エクセレンス スマイルアンバサダー』として、総合的な学習の時間で職を学んだり、エクセレンスと街をどう盛り上げていくのかを考えたり、お話をさせていただいています。」

イベントには選手が参加することもあれば、社員が積極的に赴いていくことも多いという。そこでもエクセレンスのガス灯は温かく明かりを灯している。

「『社員には、あなたたちがファンを作っていかなきゃダメなんだよ。お客様、ファンと一番触れ合う機会が多いのはあなたたち社員なんだから。』と伝えています。『この人っていいな』とプラスの感情を持ってもらう。それが積み重なってエクセレンスのファンが増え、試合の入場者も増えていく。お客様が増えればチームの収入が増え、それをクラブの強化や事業投資、働くみんなに還元していける。横浜エクセレンスとしてスタートして5シーズン目。まだまだですが、これをセットで素早く回していかなければいけないと考えています。」

日本を、バスケで元気にする。NBAに次ぐ世界2位への挑戦

試合会場で選手は、ファンからは手の届かないコートの中にいる。観客の近くにいて直接触れ合っているのは、社員だ。もちろんエキサイトな試合展開や選手たちの熱のこもったプレーが見る人を魅了するのがプロスポーツ。だが、「お客様たちが気持ちよく選手のプレーに集中できる環境を整えるのは社員の役割」と、桜井社長は考える。そこにはエクセレンスの『明かりを灯す』という思いが重なっている。そんな桜井社長はBリーグの理事も務めている。エクセレンスの成長はもちろんだが、Bリーグの発展、日本におけるバスケットボールにはどんな未来を思い描き、どのようにして明かりを灯していくのだろう。

「Bリーグは2016年9月に最初のシーズン開幕を迎えました。プロ野球のNPBやサッカーのJリーグとは歴史が違う。つまり成熟度が浅いともいえます。とはいえバスケットボールは本場のアメリカでは4大プロスポーツに挙げられ、高い人気を誇っています。そこから考えても、バスケットボールは日本でも大きく成長していくチャンスがあると思うんです。歴史が浅いということは、新しいことに挑戦していく機会も多いということですから。」

BリーグはB革新と銘打ち、『強化』『経営』『社会性』の3つの軸に沿って大きな変革を行うことを決めた。「日本をバスケットボールで元気にする!」と、桜井社長は力強く話す。

「日本は人口が減少傾向にあります。つまり日本国内だけで勝負をしていても、広がっていかないんです。バスケットは良くなったけど、サッカーや野球、その他のスポーツを観る人は減ってしまった。そんな奪い合いになってしまうかもしれない。世界は広いんです。商圏を世界に広げて、ビジネスをやっていこう。そうすれば、BリーグはアメリカのNBAに次ぐ2番目に大きなバスケットボールリーグになり得ると考えています。そのための地域密着でもあるんです。横浜エクセレンスが歯車のひとつとして回ることで世界2位のリーグに押し上げることができます。そうすれば、日本のスポーツ業界の価値が上がって、もっとお金が集まるようになり、世界から人も集まってくる。夢は大きいです。」

「Bリーグの発展が日本スポーツ業界の価値を上げる」と、確信する桜井社長。これからのBリーグ、そして横浜エクセレンスが目を離せない存在であるのは間違いないだろう。

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【PROFILE】
桜井 直哉(さくらい なおや)
1989年生まれ東京都出身。都立久留米高校でサッカー部の主将(ポジションはMF)を務め、第85回全国高等学校選手権大会に出場。亜細亜大学に進学し、在学時にJFLで活動する横河武蔵野FCに入団。2012年に奈良クラブに移籍し、2014年から選手と奈良クラブソシオサッカースクールコーチを兼任。その後、奈良クラブアカデミーディレクター、ジュニアユースチームコーチなどを歴任し、2018年に退団。2019年から2022年まで加藤製作所に在職し、当時の東京エクセレンスに出向。2022年にオーナーが変わったタイミングで横浜エクセレンスに入社。2023年横浜エクセレンス代表取締役社長に就任。

第1位

第2位

第3位

第4位

第5位

設立年月 2016年07月
代表者 桜井直哉
従業員数 25
業務内容

バスケットボールクラブの運営
プロスポーツに関する興行の実施
スポーツ関連商品やグッズ、写真、映像、その他製品の企画・販売
スポーツ施設の管理運営
スポーツ選手のマネジメント
知的財産権の管理運営
広告代理店業
労働者派遣業
スポーツ教室・大会・勉強会・イベント等の開催
前各号に附帯又は関連する一切の事業

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