「理学療法士の実習で、寝たきりの人たちが何もできず、ただうなっている患者さんを見たときに『人ってこうなるんや』と思ったと同時に『こうなるまでに、なんとかならんかったのか』と思いました」
そう話すのは、リハビリ専用デイサービス事業を展開する「リタポンテ株式会社」の取締役の上村理絵(かみむら りえ)さん。理学療法士でありながら、会社の立ち上げにも参画。リタポンテの理念「日本から寝たきりをなくし、介護がなくなる次代を作る」という言葉は、上村さんの経験を基に生まれました。
今回は、リタポンテで行う具体的なトレーナーとしての業務から、上村さんの「人間らしく生きること」についての考え、そして、ご利用者の「やりたい」を尊重したお手伝いをするリタポンテの思いを聞きました。
(取材・執筆:伊藤 千梅、編集:伊藤 知裕、中田 初葵)
高齢者を対象にしたリハビリ専用のデイサービスを行うリタポンテ。1日の業務は8時半からのトレーニングに合わせた、利用者の送迎から始まります。
「大きく分けると、1日3回ご利用グループの入れ替わりでトレーニングを実施します。その度に送り迎えが発生するので、トレーナー、医療専門職や事務職などの分担が必要です。各々が基本的に1日に何度かの送迎をしていますね 」
店舗に着くと、バイタルチェックを行ってから全員で準備運動。トレーナーさんが「めまいやふらつきは大丈夫ですか?」と全体に確認しながら進めます。その後は、グループと個別プログラムに分かれ、各自のメニューへ。マシンを使ったトレーニングなどを行います。
入社1年目のトレーナー・河﨑さんは「普段の会話など、実際に仕事をしながら相手の変化に気づける様にしている」と、ただメニューをこなすだけでなく、利用者さんとの対話を意識しているそうです。
体が衰えてくると、食事をするために必要な嚥下機能(噛む・飲み込む)も衰えてきます。喉の奥を締める機能が弱ってくると、食べ物の誤嚥(ごえん)が発生します。そのためリタポンテでは口腔ケアも実施。顔の表情筋などを動かしたり、舌をグルグルと動かしたり、唾液を出すためにマッサージや早口言葉での発声練習などで唇、下、喉の複合トレーニングも行います。
2~3時間のトレーニングを終えると、最後にもう一度バイタルチェックを行い、体調を確認。このデータや利用者さんの反応、フィードバックを基に、約3カ月に1回をワンクールとしてトレーニングメニュー再検討を行うそうです。
入社3年目の髙橋さんは、現在メニューの作成も担当しています。利用者さんの病気なども把握したうえで相手に合わせたものを提供していくのは、やりがいになっていると話してくれました。
「利用者さんのできることが増えてトレーニング内容が変わっていくことや、こちらでメニューを変更したときにお礼を言われるのがうれしいです」
送迎やトレーニング指導、さらにはメニューの作成まで、業務内容は広範囲にわたります。それでも「利用者さんの健康改善に向けて一緒に動けることは、すごく楽しいところかなと思います」と話してくれた河﨑さん。一連の業務で目まぐるしく動くなかでも社員さんは皆、はつらつとした表情を見せていました。
実際に1日の業務を見させてもらった後は、会社経営と運営業務の2軸でリタポンテに携わる上村取締役にお話を伺いました。
——お忙しいところお時間をいただきありがとうございます。本日はよろしくお願いします。
上村さん(以下敬称略):こちらこそよろしくお願いします。
——早速ですが、リタポンテには、看護師や理学療法士、トレーナーがいるそうですね。その中でもトレーナーの役割はどういったものなのでしょうか?
上村:まず、トレーナー以外の役割からお伝えしますね。看護師さんは、利用者さんの体調の変化を見ていく役割です。トレーニングにはある程度負荷をかけますし、各自がさまざまな既往歴があるので、体調管理が大事です。何か変調があった際はアドバイスもしてもらいます。
理学療法士は、主に身体機能向上の可能性、トレーニング実施時や生活上のリスクを見極める評価が担当です。利用者さんの「こうなりたい」や、病気や体の特徴を踏まえた上で、”できること”を見極めてトレーニングの方針・利用目標を定めます。
最後に、トレーナーはトレーニングメニューの「実践者」です。利用者さんにとって難しい動作などを把握した上で、プログラムを実践していきます。また、その都度、負荷量を見極めながら継続して様子を見ていく「経過観察」もトレーナーの役割です。
——かなり専門的な業務にも感じますが、未経験でも可能なのでしょうか?
上村:トレーナーは、身体機能向上のベースとなる一連のプログラムが用意されているので、未経験からでも可能です。 そこからそのメニューが身体にどんな影響あるのかを、仕事をしながら勉強してもらうことで力をつけてもらうイメージですね。逆に、未経験のほうが「この人はこれができない」と決めつけることがないので、そこは1番期待しています。
——決めつけ、ですか……?
上村:経験のある方だと、「要介護の人だからこれはできない」とか、「転倒して骨折したからもう歩けない」、などとイメージですぐに判断してしまうことがあります。でも、決めつけてしまったら、できる可能性まで奪ってしまいますよね。先入観で、ご利用者さんの可能性を狭めてしまうことはしないようにしていきたいです。
——実際に働いてみると、どのようなことが大変だと感じますか?
上村:元々介護業界などに勤めていた方は「お世話をしたい人」が多い印象です。でも、うちはお世話をしないわけではないですが「できることまで手を出さない」というのは、心積もりとしてあります。リタポンテが行うのは、「お世話」ではなく「トレーニング」です。
ただ逆に、リハビリ施設とはいえ、利用者さんの生活を守っていくことが私たちの仕事でもあるので、「介助」のような業務も求められます。介護とフィットネスインストラクターのちょうど中間が自分らの仕事なんです。
そうなると、介護だと思っていた人は「こんなにトレーニングが激しいの?」と感じ、トレーナーとして就職した人は「こんなに介護が多いの?」といったイメージの違いは生まれやすいのかもしれません。
——他の施設とはひと味違う「リハビリ専用デイサービス」だからこそのギャップは生まれやすそうですね。
上村:そうなんです。あとは、利用者さんたちは身体が不自由な方も多いので、知識的なところに対して「やっていけるのかな」「大丈夫かな」と悩む人もいると思います。
——新しく入ってきた人が実際にそのようなことで悩んだ場合は、どういう対応をしていかれますか?
上村:最近は、直接的に先輩からフィードバックがもらえるよう、負担にならないような1週間に1回程度の「業務日報」を書いてもらっています。
自分が“やれた”と認識してることと、先輩が“できた”と認識してることを確認する。業務日報という名ですけど、お互いに意識をすり合わせて、方向性の確認ができたらというのは心がけています。他にもメンターみたいな感じで、フィードバックをもらえるような環境を作っていきたいですね。
——お話を伺っていると上村さん自身の想いが非常に強いように感じますが、上村さんがトレーナーという仕事を始めたきっかけは何ですか?
上村:私は中学校から大学までバレーボールをしていたこともあり、スポーツ選手のパフォーマンスを支えたいとトレーナーの道に進みました。その後リハビリ助手、整形外科のトレーナーの経験を経て、理学療法士の資格を取っています。
その頃、お世話になっていた先生に「高齢者の人に積極的にトレーニングをするから、1回やってみいひんか」と誘われて。普段はスポーツ整形で働きながら、平日休みのときに高齢者のトレーニングを行っていました。
当時はお医者さんから「高齢者に筋トレするなんて考えられへん」って怒られることも多かったです。でも身体を作らなければ動けないことは若者も高齢者も共通していると、 私自身の経験から感じていました。そして、介護を社会全体で支えるために2000年に創設された「介護保険制度」 をきっかけに、今のリハビリ専用デイサービスという形にシフトしていったという形ですね。
——トレーナーとしてさまざまな業務を経験するなかで、今の仕事に落ち着いた理由はありますか?
上村:この仕事を継続している1番の理由は、実は理学療法士になる時の実習にあります。
「社会的入院」といって退院して在宅生活をするのが難しい人たちが集まる病棟に、2カ月間実習に行きました。寝たきりの人たちが何もできず、ただうなっているのを見たときに「人ってこうなるんや」と思ったと同時に「こうなるまでに、なんとかならんかったのか」と思って。
あのときの光景は、今でもはっきり覚えています。『これで幸せなのか、「人間らしさ」って何だろう』と思いながら、日々実習先で考えさせられました。だからこそ、寝たきりをなくしたいという思いが、根底にあります。
——その経験から上村さんの中での「人間らしさ」はどのようなものだと感じたのでしょうか?
上村:1番は、日常の中で少しでも自分でやりたいと思ったことができる時間があれば、その人らしい、人間らしい時間といえるのではないでしょうか。
言葉を選ばずにいうと、高齢で身体が弱ってくると、なぜか怒られるんですよね。「歩かないで」とか「動かないで」って。もちろん家族や周りのお世話をする方たちは心配で、その言葉を投げかける気持ちもよくわかります。しかし、皆さん自分で「動きたい」と意志があるから動くわけじゃないですか。その言葉に萎縮してしまう利用者さんを見ていると、せっかく身体が良くなってきたのに怒られて申し訳なく毎日を生きるのはどうなんだろうと思うんですよね。
自分が「こうしよう」と思ったことを、今までのような形では実現できないかもしれないけど、形を変えて自己実現できる機会があったらいい。それを一緒にお手伝いできたらなと思います。人それぞれ違うので、難しいですけどね。その人の思いを尊重して、残っている機能、身体機能の可能性を引き上げてどうするかを考えていきたいです。
――リタポンテとしては、どのようにして利用者さんがそういった機会を持てるようにしているのでしょうか?
上村:簡単に言うと“自信を持ってできるようになる”、ということですね。例えば、立ち上がり訓練をしたときに、私とトレーニングしている時はできるんですけど、自宅に戻るとできない・やらないことがあります。大事なのは「できると本人が思えているかどうか」なんです。
“できる”と思うこととは、自分が起こそうと考えている行動に対して“できる”と予測を立てることができるのか、自信を持ってできる、これが自己効力感というものです。その自己効力感を高めるために、反復練習や成功体験を仕掛けるのが、私たちのトレーニングです。筋トレやストレッチなど、ただのメニューを提供するだけでなく、自己効力感を高めていくためにご利用者さんができることをトレーニングメニューとして考えてやっていくことが、本来私たちが目指すべきところだと思っています。
——行動指針である「『不安と後悔』を『安心と納得』に変えていくために、“おせっかいを科学する”」というのは、どのような意味なのでしょうか?
上村:これは、「病に対する不安、生活に対する不安、再発の不安などなど」様々な不安が「受け身でいる」と、次から次へとご本人やご家族に襲いかかってきます。また、ご両親を見送られた後、「こうしておけば良かった、これは止めておけば良かった」と治療や介護に「後悔の念」が残ることを経験上数多くみてきました。
もし、「もっと医療の知識があったら、もっと介護の知識があったら、もっと社会資源やお金の知識があったら」…知識という情報があれば、「病に対して挑み、将来はこうなっていくのかという準備と希望」が人生の最終章に向けて、自身が選択する事でご本人ご家族がもっとも尊重され、安心して納得できる人生になるのではないかと私たちの行動指針としているところです。
——「おせっかいを科学する」というのは、根拠に基づいてという意味でしょうか?
上村:科学というと論理的に根拠に基づいてと聞こえてしまいますね。前述の行動指針とセットになるのですが「難しいことや準備が大変なこと、そして、情報を集めるのが大変なこと」をそっと私達が相手に合わせて準備し、ご案内させて頂き、共に歩んでいく希望を届けるサービスのことです。その水面下で「当たり前でない事を当たり前に変えていく」…私達が準備する事が科学するという意味になります。
超高齢社会といわれる世界だけれども「みんなお年寄りって、初めてなりますやん」と上村さんは言います。
誰もが自分事として経験したことがないからこそ、これまでたくさんのお年寄りと接してきた上村さんらが提案できることがある。一人でも多くの人が自分の「やりたい」を最後まで貫ける世の中に。その1つの手段として、リタポンテはこれからも寝たきりのない世界を目指してトレーニングを行っていくのです。
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【PROFILE】
上村 理絵
リハビリ専門デイサービスを展開するリタポンテ株式会社の取締役。理学療法士。代表の神戸との書籍に『道路を渡れない老人たち リハビリ難民200万人を見捨てる日本。「寝たきり老人」はこうしてつくられる』がある。
設立年月 | 1997年11月 | |
---|---|---|
代表者 | 神戸 利文 | |
従業員数 | 17名 | |
業務内容 | 介護保険事業・その他 |
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