監督は『Brother』。カンボジアで"プレイヤー兼監督"を経て得た〇〇とは?名門校出身のプロサッカー選手に直撃!

元ソルティ―ロ・アンコールFC選手兼監督/スポジョバ・ビジネスインターン生 藤原 賢土

監督は『Brother』。カンボジアで"プレイヤー兼監督"を経て得た〇〇とは?名門校出身のプロサッカー選手に直撃!

元ソルティ―ロ・アンコールFC選手兼監督/スポジョバ・ビジネスインターン生 藤原 賢土

「良い指導者に出会うこと」

人の成長過程において、最も大切なことのひとつですよね。それはスポーツに限らず、教育現場、様々な組織体、一般企業でも同じこと。では、「良い指導者」とは一体どんな指導者でしょうか?今回、インタビューをお送りするのは現役プロサッカー選手でありながら、同時にそのチームの監督も経験した藤原賢土さん(29歳)。

異国の地でプレイヤーとして活躍する中で、突然のオファー。監督と選手を兼任する「プレイングマネージャー」という立場に立つことに!1つの組織の中で、同時に2つの顔を持ちながら結果を追いかける中で、選手一本でやっていた時とは、全く違う景色が見えてきたそう。藤原さんが掴んだ「良い指導者」の答えとは?また、監督を経験した事で見えてきた世界観とは??

これはサッカーチームだけの話ではなく、アナタの身近な組織にも通ずる話かもしれません。

(取材:構成=スポジョバ編集部 荻野仁美)

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たった1日で人生を決めた。元日本代表のサッカー青年がプロになるため向かった先は…

ーー藤原さんがプロを意識したのはいつ頃ですか?

藤原:高校生の時ですかね。高校2年の時に初めてU16日本代表候補に呼ばれたんです。当時のメンバーでいうと柴崎岳、宇佐美貴史、杉本健勇とか。みんな、めちゃくちゃうまくて。その後U17、U18と代表呼ばれ続けてU17メキシコ遠征にも行きました。日本代表vsブラジル代表の試合もあったんですが、コウチーニョ(現FCバルセロナ所属)が10番背負ってました!バケモンでしたよ!(笑)そんな環境でサッカーをする中で、自分の中でもプロへの道が現実になってきたというか。Jリーグ行きたいなと思うようになりました。

ーーすごいメンバーの中でプレーしてたんですね…!でも藤原さんは高校卒業後は大学進学を選んだんですよね。

藤原:実は高校卒業の時点でオファーもあったようなのですが、そこでプロになっても通用しないだろうと思ってました。身体も細かったし。それに監督から「身体作り・技術向上を目的に進学したほうがいい」と勧められたこともあって、関西大学に進学しました。今、振り返ってもその選択は正解だと思っています。仮に高卒でJ行っても勘違いして終っちゃってただろうな(笑)関西大学は、毎年全国行くような強豪校で、いい選手も沢山いました。結構みんな勢いがあって。僕自身ガツガツいけるタイプではなかったので、そういう所も学べて自分の幅を広げる事が出来たなと思っています。ちなみに大学1年の時からレギュラーで出場させてもらって、全国大学サッカー選手権大会優勝。大学3年の時は総理大臣杯、関西選手権優勝も経験しました。

ーー大学の強豪校でも変わらず活躍してたんですね!大学進学後もプロへの想いは持っていましたか?

藤原:悩みながら…ですけどね。やはりJに行けるのは一握りですから。大学4年時にJクラブの練習会や春のキャンプにも参加しました。手応えもあったんですけど、ダメでした。オファーを頂けなかった。当時を振り返ると、プロ行きたかった自分もいたし、どっかで無理だろうと思う自分もいました。このまま大学卒業してその後就活しようかなと思っていました。あと仕事をしながらサッカーを続けるのはキツイと考えて……。「俺、サッカー辞めるのか」と思っていた矢先に、シンガポールの話がきたんですよね。

ーーアルビレックス新潟シンガポールからのオファーですね。

藤原:そうです!忘れもしない1月23日にオファーがきました。しかも今日明日中に返事をくれって。親に相談したら「あんたサッカー以外ないでしょ!」って背中を押してくれて。それで、1月27日にはシンガポールに旅立ちました。

ーーなんと急な!4日後じゃないですか!

藤原:海外なので不安はありましたが、全員日本人のチームというのもわかっていたので。ただ飛行機1人で乗るのが初めてだったので、そこは緊張しました(笑)





「監督やってみない?」と突然のオファー。自信はなかったけど受けた理由

ーーシンガポールでプロとしての第一歩を踏み出しましたが、実際はいかがでしたか?

藤原:自分を変えてくれるようなチームメイトや監督に出会えました。それまで我ながら自己中心的で、生意気な大学生あがりだったと思います(笑)でも、チームメイトにJリーグでのキャリアもある選手がいて、選手としてだけでなく人として、あるべき姿を沢山見せてくれました。この人が言うんだったら間違いないな、と自然と自分でも受け入れる事が出来るくらい普段のプレーや行いから尊敬できて。監督も、真剣に僕らのこと考えてくれているのがわかる方でした。練習は本当に死ぬかと思うくらいめちゃめちゃきついし、言葉もきついんですけど(笑)愛情が伝わってくるんです。この人のために勝ちたいなと思えました。

ーーそんな指導者やチームメイトとの出会いは大きな財産ですね!でも、その後、チームを離れる決意をしたんですよね?

藤原:そうですね。シンガポールでプレーして3年目に国内カップ戦、リーグ戦を制覇して、達成感も味わいました。ただシンガポールは日本人チームでしたから、せっかく海外でプレーするなら日本人が1人の環境で、どこまで通用するのかチャレンジしてみたいという気持ちもあって。探していた所、カンボジアの「ナガワールド」というチームと話がまとまり移籍。その1年後に本田圭佑選手が経営する「ソルティーロ・アンコールFC」に国内移籍して2年ほどプレー。2年目は監督業もやっていました。

ーー選手と兼業ですか?!

藤原:はい。プレイングマネージャーですね。1年目の終わりに監督の話がきたんですが、まず最初に「何で俺?」って思いました(笑)監督経験なんて当然ありませんし、自分がちゃんとチームを完成させられるのか?って。とにかく悩んだので色んな方に相談したんですよね。そうしたらみんなから「ライセンスもないのにプロのチームの監督が出来る、そんなチャンスないだろう。」って。確かにそうだなって。最終的には自分でもやりたいと思えたんですよね!ソルティーロは「カンボジアのサッカーを変えたい。地域の子供たちに夢と希望を与える」というミッションを掲げているのですが、そこを実現するためにも、監督という立場に立つ事もいいのではと思いました。それが決め手です!

ーーいきなりプロチームの監督はすごい経験ですね!チーム作りでは、まずは何から始めるんですか?

藤原:最初にどういうサッカーをしたいのかというビジョンを決めます。カンボジア人は協調性があってチームの結束力が強いので、その特性を生かしたパスサッカー、みんなで繋いでゴールまでいくっていうポゼッションサッカーを目標にしました。それを説明するために選手にビデオを見せたりして、あとは東南アジアの人は圧倒的に守備が嫌いなので(笑)守備の強化に取り組みました。

ーー具体的なメニュー作りも藤原さんがやるんですか?あっ、でも選手としてもその練習には参加するんですよね?

藤原:そうですね!メニューは自分が作って、あとは当日コーチにオーガナイズ(準備や調整)を任せます。なるべく練習中は『選手』として集中するようにしていたのですが、これがやっぱり難しかった。自分の中で理想のサッカーが頭の中にあったので、練習中に気付いた事があるとついつい『監督』としてみんなに言っちゃう。自分のサッカーに集中したい『選手』としての部分と、チームの底上げをしたい『監督』としての部分。両立は難しかったんですが、それでも伸び悩んでいる選手がゴールを決められた時に自分の所に寄ってきてくれた時はめちゃくちゃ嬉しかった。その瞬間、今も鮮明に覚えていますよ!





『良い監督』とは。求め探し続ける、答えのないもの

ーーそれこそソルティーロだと、本田圭佑選手とお会いする機会ってあったりするんですか?

藤原:カンボジアで2、3回お会いしました。まず最初お会いしたときは「今度一緒にサッカーやろう」って言ってくれて。そこからはチームの話ですね。「カンボジアどうなの?」って、僕の方がカンボジアを知ってることが多いからって色々聞いてくださったり。「この選手どう?」とか、監督同士という会話が多かった印象ですね。

ーーお話を通じて、学んだことも多かったんじゃないですか?

藤原:『体力』の話になって、90分の中で1度か2度あるかないかのチャンスの時に、息が上がって100%のプレーができなかったら意味がないよね、だったら常に100%でプレーできる体力をつけなきゃいけないよね、普段の練習から走りとか取り入れていったほうがいいよって言われた。なるほどって思った。凄く先のことも見つつ、同時に現状も見て、理想とする未来から逆算にして今こうしなきゃっていう考えは、本田さんから学ばせていただきましたね。僕が言うのもおこがましいですが、本当に凄い方です。

ーー本田選手からは大きな影響を受けたわけですね!その上で、監督として活躍するためコツのようなものって、藤原さんの中であったりしますか?

藤原:同じ方向に向かっていく素晴しさ、楽しさを感じさせてあげる事が大切。達成できなかった時にどうして達成できなかったのかまで共有することも重要です。あと全体を見なきゃいけないので、選手1人ひとりの特徴やスキル、更には人間性を知らなきゃいけないと思います。だからこそ、それぞれの選手の良さを引き出してあげられる監督って素晴しいなと思います!僕ができていたかはさておき(笑)

ーー良さを引き出すために、必要なことは何でしょうか?

藤原:一番はコミュニケ―ションですね。僕も監督を経験するまでは、監督って選手と距離を置くイメージだったんですが、それよりも選手に寄り添ってパパとかアニキって思わせる存在になる方が大事だと思うようになりました。もちろんバランスは大事で、時には強い立場に立たなきゃいけないですが、監督から選手に歩み寄っていって「この監督、俺たちのためにやってくれてるんだな」って思わせるような振る舞いが大切。そうしたら選手はめちゃめちゃ頑張ってくれるし、そういう思いになった時は試合にも勝つんです!





海外で1人。得た価値観も経験も、今ではとても大切な自分の一部に。

ーーズバリ、藤原さんは監督をやってよかったって思いますか?

藤原:めちゃめちゃよかったって思います!相手の気持ちを尊重できるようになったと言いますか。最初の頃はそれこそ自分の「勝ちたい」っていう気持ちが先行して、チームメイトに押し付けちゃうことが多かったんですが、それって普段の人間関係でも言えるじゃないですか。自分がやりたいことだけやっても相手は喜ばないケースってあると思っていて。それこそ仕事でも「この人は何を求めてるんだろう」とかって考えられるようになった。この考えは、プレイヤーだけやっていたら僕は身に付かなかったと思いますし、人を信じることの大切さも、自分が頼られたりしてわかったことなので、本当に監督できてよかったです!

ーー今はリハビリしながら、ビジネスインターンしながら、というお話も伺いましたが、今後の目標は?選手復帰ですか?それとも監督を頑張りたいとか…??

藤原:まずはサッカー選手として復帰したい。こんなご時世なので、どのチームにいけるかわからないですが、それでもチャレンジはしていきたいです。その後については、こうやってどこかの会社に所属して仕事するのもいいし、お世話になったカンボジアという国に恩返ししたいという思いもあります。カンボジアで子ども達と話して感じたのは「夢の選択肢が少ない」という事。僕がやってきたサッカーを通じて、夢の選択肢を広げることをしたいなと漠然と思っています。サッカースクールをするのか、体育の授業をするのか、関わり方もまだまだ全然考えていないんですけどね。

ーーでも、藤原さんが多くを学ぶことができたシンガポールやカンボジアに恩返ししたい、という気持ちは十分伝わりましたよ。藤原さんにしかできないことだとも思うので、応援しています!

藤原:ありがとうございます!リハビリが終わったら、選手として復帰して、まずは優勝したいですね。シンガポールでグランドスラムした瞬間の景色って、本当に忘れられなくて。もう一回、あの感動を味わいたい気持ちです。監督のオファーがあったらやってみたい、とは思いますが……一旦は選手がいいなて思ってます(笑)嫌なわけじゃなくて、今は選手に集中したい。まもなく30歳ですし。今しかできないと思うので。

ーー最後に、監督という仕事では「コミュニケーションが大切」というお話ありましたけど、逆に注意すべきポイントとかってありますか?

藤原:それぞれにスタイルあると思いますが、自分の価値観を押し付けちゃ絶対にダメ。特に子ども達だったら、そのあたりとても敏感なので。どうしたら子ども達が楽しんでくれるのかっていうのを一番に考えた方がいい。あと、監督とはいえ1人で考える必要はない。監督って孤立するって言われているんですが、全然1人じゃない。コーチもいるし、他の人を頼る事が出来たらもっと面白くなる。色んな人の意見を聞いて吸収して、その上で自分の色を出していけばいいと思います!

ーーこれからコーチを目指す方にとっては嬉しいアドバイスだと思います!選手としての第一線復帰、そしてカンボジア等々海外への貢献…。藤原さんのこれからの活躍を楽しみにしています!





【PROFILE】

藤原 賢土(ふじはら・けんと)/1992年1月生まれ。神奈川県横浜市出身。

幼稚園からサッカーを始め、小学校からクラブチームに所属。ポジションはDF。藤枝明誠高校(高校サッカー選手権、全国ベスト8)、関西大学とサッカーの名門校に進学。U17日本代表として試合にも出場。U16~U19でも候補に選出される。大学卒業後は、アルビレックス新潟シンガポールに所属しすべての大会で優勝するというグランドスラムを達成。その後、日本人1人の環境で実力を試すべくカンボジアのナガワールドに移籍。2018年からはソルティ―ロ・アンコールFCに国内移籍。2シーズンに渡って選手兼監督を務める。昨シーズン、ケガをした影響で日本に一時帰国。選手として復帰すべくリハビリする傍ら、スポジョバでインサイドセールスとしても活躍中。

「監督と営業は似ている。声のトーンとかで相手の心理が変わって面白い」と新たな価値観をくれた。また、オススメのカンボジア料理は「ロックラック」という肉料理。「デミグラスソースみたいな味付けでご飯がすすむ」と本人談。


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人の成長過程において、最も大切なことのひとつですよね。それはスポーツに限らず、教育現場、様々な組織体、一般企業でも同じこと。では、「良い指導者」とは一体どんな指導者でしょうか?今回、インタビューをお送りするのは現役プロサッカー選手でありながら、同時にそのチームの監督も経験した藤原賢土さん(29歳)。

異国の地でプレイヤーとして活躍する中で、突然のオファー。監督と選手を兼任する「プレイングマネージャー」という立場に立つことに!1つの組織の中で、同時に2つの顔を持ちながら結果を追いかける中で、選手一本でやっていた時とは、全く違う景色が見えてきたそう。藤原さんが掴んだ「良い指導者」の答えとは?また、監督を経験した事で見えてきた世界観とは??

これはサッカーチームだけの話ではなく、アナタの身近な組織にも通ずる話かもしれません。

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たった1日で人生を決めた。元日本代表のサッカー青年がプロになるため向かった先は…

ーー藤原さんがプロを意識したのはいつ頃ですか?

藤原:高校生の時ですかね。高校2年の時に初めてU16日本代表候補に呼ばれたんです。当時のメンバーでいうと柴崎岳、宇佐美貴史、杉本健勇とか。みんな、めちゃくちゃうまくて。その後U17、U18と代表呼ばれ続けてU17メキシコ遠征にも行きました。日本代表vsブラジル代表の試合もあったんですが、コウチーニョ(現FCバルセロナ所属)が10番背負ってました!バケモンでしたよ!(笑)そんな環境でサッカーをする中で、自分の中でもプロへの道が現実になってきたというか。Jリーグ行きたいなと思うようになりました。

ーーすごいメンバーの中でプレーしてたんですね…!でも藤原さんは高校卒業後は大学進学を選んだんですよね。

藤原:実は高校卒業の時点でオファーもあったようなのですが、そこでプロになっても通用しないだろうと思ってました。身体も細かったし。それに監督から「身体作り・技術向上を目的に進学したほうがいい」と勧められたこともあって、関西大学に進学しました。今、振り返ってもその選択は正解だと思っています。仮に高卒でJ行っても勘違いして終っちゃってただろうな(笑)関西大学は、毎年全国行くような強豪校で、いい選手も沢山いました。結構みんな勢いがあって。僕自身ガツガツいけるタイプではなかったので、そういう所も学べて自分の幅を広げる事が出来たなと思っています。ちなみに大学1年の時からレギュラーで出場させてもらって、全国大学サッカー選手権大会優勝。大学3年の時は総理大臣杯、関西選手権優勝も経験しました。

ーー大学の強豪校でも変わらず活躍してたんですね!大学進学後もプロへの想いは持っていましたか?

藤原:悩みながら…ですけどね。やはりJに行けるのは一握りですから。大学4年時にJクラブの練習会や春のキャンプにも参加しました。手応えもあったんですけど、ダメでした。オファーを頂けなかった。当時を振り返ると、プロ行きたかった自分もいたし、どっかで無理だろうと思う自分もいました。このまま大学卒業してその後就活しようかなと思っていました。あと仕事をしながらサッカーを続けるのはキツイと考えて……。「俺、サッカー辞めるのか」と思っていた矢先に、シンガポールの話がきたんですよね。

ーーアルビレックス新潟シンガポールからのオファーですね。

藤原:そうです!忘れもしない1月23日にオファーがきました。しかも今日明日中に返事をくれって。親に相談したら「あんたサッカー以外ないでしょ!」って背中を押してくれて。それで、1月27日にはシンガポールに旅立ちました。

ーーなんと急な!4日後じゃないですか!

藤原:海外なので不安はありましたが、全員日本人のチームというのもわかっていたので。ただ飛行機1人で乗るのが初めてだったので、そこは緊張しました(笑)





「監督やってみない?」と突然のオファー。自信はなかったけど受けた理由

ーーシンガポールでプロとしての第一歩を踏み出しましたが、実際はいかがでしたか?

藤原:自分を変えてくれるようなチームメイトや監督に出会えました。それまで我ながら自己中心的で、生意気な大学生あがりだったと思います(笑)でも、チームメイトにJリーグでのキャリアもある選手がいて、選手としてだけでなく人として、あるべき姿を沢山見せてくれました。この人が言うんだったら間違いないな、と自然と自分でも受け入れる事が出来るくらい普段のプレーや行いから尊敬できて。監督も、真剣に僕らのこと考えてくれているのがわかる方でした。練習は本当に死ぬかと思うくらいめちゃめちゃきついし、言葉もきついんですけど(笑)愛情が伝わってくるんです。この人のために勝ちたいなと思えました。

ーーそんな指導者やチームメイトとの出会いは大きな財産ですね!でも、その後、チームを離れる決意をしたんですよね?

藤原:そうですね。シンガポールでプレーして3年目に国内カップ戦、リーグ戦を制覇して、達成感も味わいました。ただシンガポールは日本人チームでしたから、せっかく海外でプレーするなら日本人が1人の環境で、どこまで通用するのかチャレンジしてみたいという気持ちもあって。探していた所、カンボジアの「ナガワールド」というチームと話がまとまり移籍。その1年後に本田圭佑選手が経営する「ソルティーロ・アンコールFC」に国内移籍して2年ほどプレー。2年目は監督業もやっていました。

ーー選手と兼業ですか?!

藤原:はい。プレイングマネージャーですね。1年目の終わりに監督の話がきたんですが、まず最初に「何で俺?」って思いました(笑)監督経験なんて当然ありませんし、自分がちゃんとチームを完成させられるのか?って。とにかく悩んだので色んな方に相談したんですよね。そうしたらみんなから「ライセンスもないのにプロのチームの監督が出来る、そんなチャンスないだろう。」って。確かにそうだなって。最終的には自分でもやりたいと思えたんですよね!ソルティーロは「カンボジアのサッカーを変えたい。地域の子供たちに夢と希望を与える」というミッションを掲げているのですが、そこを実現するためにも、監督という立場に立つ事もいいのではと思いました。それが決め手です!

ーーいきなりプロチームの監督はすごい経験ですね!チーム作りでは、まずは何から始めるんですか?

藤原:最初にどういうサッカーをしたいのかというビジョンを決めます。カンボジア人は協調性があってチームの結束力が強いので、その特性を生かしたパスサッカー、みんなで繋いでゴールまでいくっていうポゼッションサッカーを目標にしました。それを説明するために選手にビデオを見せたりして、あとは東南アジアの人は圧倒的に守備が嫌いなので(笑)守備の強化に取り組みました。

ーー具体的なメニュー作りも藤原さんがやるんですか?あっ、でも選手としてもその練習には参加するんですよね?

藤原:そうですね!メニューは自分が作って、あとは当日コーチにオーガナイズ(準備や調整)を任せます。なるべく練習中は『選手』として集中するようにしていたのですが、これがやっぱり難しかった。自分の中で理想のサッカーが頭の中にあったので、練習中に気付いた事があるとついつい『監督』としてみんなに言っちゃう。自分のサッカーに集中したい『選手』としての部分と、チームの底上げをしたい『監督』としての部分。両立は難しかったんですが、それでも伸び悩んでいる選手がゴールを決められた時に自分の所に寄ってきてくれた時はめちゃくちゃ嬉しかった。その瞬間、今も鮮明に覚えていますよ!





『良い監督』とは。求め探し続ける、答えのないもの

ーーそれこそソルティーロだと、本田圭佑選手とお会いする機会ってあったりするんですか?

藤原:カンボジアで2、3回お会いしました。まず最初お会いしたときは「今度一緒にサッカーやろう」って言ってくれて。そこからはチームの話ですね。「カンボジアどうなの?」って、僕の方がカンボジアを知ってることが多いからって色々聞いてくださったり。「この選手どう?」とか、監督同士という会話が多かった印象ですね。

ーーお話を通じて、学んだことも多かったんじゃないですか?

藤原:『体力』の話になって、90分の中で1度か2度あるかないかのチャンスの時に、息が上がって100%のプレーができなかったら意味がないよね、だったら常に100%でプレーできる体力をつけなきゃいけないよね、普段の練習から走りとか取り入れていったほうがいいよって言われた。なるほどって思った。凄く先のことも見つつ、同時に現状も見て、理想とする未来から逆算にして今こうしなきゃっていう考えは、本田さんから学ばせていただきましたね。僕が言うのもおこがましいですが、本当に凄い方です。

ーー本田選手からは大きな影響を受けたわけですね!その上で、監督として活躍するためコツのようなものって、藤原さんの中であったりしますか?

藤原:同じ方向に向かっていく素晴しさ、楽しさを感じさせてあげる事が大切。達成できなかった時にどうして達成できなかったのかまで共有することも重要です。あと全体を見なきゃいけないので、選手1人ひとりの特徴やスキル、更には人間性を知らなきゃいけないと思います。だからこそ、それぞれの選手の良さを引き出してあげられる監督って素晴しいなと思います!僕ができていたかはさておき(笑)

ーー良さを引き出すために、必要なことは何でしょうか?

藤原:一番はコミュニケ―ションですね。僕も監督を経験するまでは、監督って選手と距離を置くイメージだったんですが、それよりも選手に寄り添ってパパとかアニキって思わせる存在になる方が大事だと思うようになりました。もちろんバランスは大事で、時には強い立場に立たなきゃいけないですが、監督から選手に歩み寄っていって「この監督、俺たちのためにやってくれてるんだな」って思わせるような振る舞いが大切。そうしたら選手はめちゃめちゃ頑張ってくれるし、そういう思いになった時は試合にも勝つんです!





海外で1人。得た価値観も経験も、今ではとても大切な自分の一部に。

ーーズバリ、藤原さんは監督をやってよかったって思いますか?

藤原:めちゃめちゃよかったって思います!相手の気持ちを尊重できるようになったと言いますか。最初の頃はそれこそ自分の「勝ちたい」っていう気持ちが先行して、チームメイトに押し付けちゃうことが多かったんですが、それって普段の人間関係でも言えるじゃないですか。自分がやりたいことだけやっても相手は喜ばないケースってあると思っていて。それこそ仕事でも「この人は何を求めてるんだろう」とかって考えられるようになった。この考えは、プレイヤーだけやっていたら僕は身に付かなかったと思いますし、人を信じることの大切さも、自分が頼られたりしてわかったことなので、本当に監督できてよかったです!

ーー今はリハビリしながら、ビジネスインターンしながら、というお話も伺いましたが、今後の目標は?選手復帰ですか?それとも監督を頑張りたいとか…??

藤原:まずはサッカー選手として復帰したい。こんなご時世なので、どのチームにいけるかわからないですが、それでもチャレンジはしていきたいです。その後については、こうやってどこかの会社に所属して仕事するのもいいし、お世話になったカンボジアという国に恩返ししたいという思いもあります。カンボジアで子ども達と話して感じたのは「夢の選択肢が少ない」という事。僕がやってきたサッカーを通じて、夢の選択肢を広げることをしたいなと漠然と思っています。サッカースクールをするのか、体育の授業をするのか、関わり方もまだまだ全然考えていないんですけどね。

ーーでも、藤原さんが多くを学ぶことができたシンガポールやカンボジアに恩返ししたい、という気持ちは十分伝わりましたよ。藤原さんにしかできないことだとも思うので、応援しています!

藤原:ありがとうございます!リハビリが終わったら、選手として復帰して、まずは優勝したいですね。シンガポールでグランドスラムした瞬間の景色って、本当に忘れられなくて。もう一回、あの感動を味わいたい気持ちです。監督のオファーがあったらやってみたい、とは思いますが……一旦は選手がいいなて思ってます(笑)嫌なわけじゃなくて、今は選手に集中したい。まもなく30歳ですし。今しかできないと思うので。

ーー最後に、監督という仕事では「コミュニケーションが大切」というお話ありましたけど、逆に注意すべきポイントとかってありますか?

藤原:それぞれにスタイルあると思いますが、自分の価値観を押し付けちゃ絶対にダメ。特に子ども達だったら、そのあたりとても敏感なので。どうしたら子ども達が楽しんでくれるのかっていうのを一番に考えた方がいい。あと、監督とはいえ1人で考える必要はない。監督って孤立するって言われているんですが、全然1人じゃない。コーチもいるし、他の人を頼る事が出来たらもっと面白くなる。色んな人の意見を聞いて吸収して、その上で自分の色を出していけばいいと思います!

ーーこれからコーチを目指す方にとっては嬉しいアドバイスだと思います!選手としての第一線復帰、そしてカンボジア等々海外への貢献…。藤原さんのこれからの活躍を楽しみにしています!





【PROFILE】

藤原 賢土(ふじはら・けんと)/1992年1月生まれ。神奈川県横浜市出身。

幼稚園からサッカーを始め、小学校からクラブチームに所属。ポジションはDF。藤枝明誠高校(高校サッカー選手権、全国ベスト8)、関西大学とサッカーの名門校に進学。U17日本代表として試合にも出場。U16~U19でも候補に選出される。大学卒業後は、アルビレックス新潟シンガポールに所属しすべての大会で優勝するというグランドスラムを達成。その後、日本人1人の環境で実力を試すべくカンボジアのナガワールドに移籍。2018年からはソルティ―ロ・アンコールFCに国内移籍。2シーズンに渡って選手兼監督を務める。昨シーズン、ケガをした影響で日本に一時帰国。選手として復帰すべくリハビリする傍ら、スポジョバでインサイドセールスとしても活躍中。

「監督と営業は似ている。声のトーンとかで相手の心理が変わって面白い」と新たな価値観をくれた。また、オススメのカンボジア料理は「ロックラック」という肉料理。「デミグラスソースみたいな味付けでご飯がすすむ」と本人談。


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