スポーツ選手にとって、エネルギーにも重りにもなり得る「脂肪」。
例えば、水中で行う競技は脂肪がないと浮くことができない。脂肪を含む体重や体組成は、水泳種目において選手が良いパフォーマンスを発揮する一因であるといわれている。
現在スポーツの現場で、脂肪量を把握するときに欠かせない体脂肪率だが、実は33年前 にはまだ体脂肪率を算出する分析方法(回帰式) は存在していない。
測定機器メーカー・株式会社誠鋼社(せいこうしゃ)の代表取締役である松村秀一さんは、体脂肪率の開発にも携わり、体脂肪研究の第一人者として活動してきた。
開発から海外輸入まで、現在は20種類以上 の測定機器や美容機器を販売。体脂肪の研究に始まった誠鋼社は、今後はどのような未来を作っていくのか。今もなお知見を広め、日本にないものを取り入れ続ける松村さんに話を伺った。
(取材:伊藤千梅 編集:伊藤知裕)
松村さんが体脂肪の研究に携わり始めた頃は、日本では体組成を測定すること自体がほとんどない時代だった。
「例えば、病院に行ったら、いきなり手術をするのではなく、まずレントゲンをとったり、血液検査をしたりしますよね。スポーツでも同じように、リハビリやトレーニングが最適なものかは測定をしないとわかりません。でも当時は測定をしていなかったので、いきなり手術をしていたような状態でした」
その後、家庭用の測定器として、人体に微弱な電流を流した際の抵抗値から脂肪量の数値を出す、生体インピーダンス法という測定方法が用いられた。しかし水分摂取や測定時間帯に影響を受けるため、アバウトな数値しか出せず、アスリートが使用するデータとしては不十分だった。
松村さんらが発表した超音波脂厚計は、数値だけでなく、画像で可視化できるのが特徴。画像として脂肪と筋肉の厚さを見ることで「その人の本当のウィークポイント、ストロングポイントがわかる」という。松村さんは測定器の開発を通じて、個別に身体の状況を把握してからトレーニングを行う流れを、スポーツの分野に投げ込んだ。
測定とは、トレーニングにおける司令塔だと、松村さんは話す。
「サッカーでいえば、10番。その選手がパスやセンタリングを選択するように、測定をもとに、多様なメニューの中からその人に合ったトレーニングを決定していくんです」
日本のスポーツ界のトレーニングに司令塔が不在だった頃から、30年以上年代や競技ごとの脂肪の付き方を研究してきた松村さん。蓄積したデータは、現在のアスリートたちにとって欠かせない指標となっている。
松村さんが体脂肪の研究に取り組み始めたのは、20代後半の頃。松村さんは当時、鎮痛剤や筋弛緩剤を扱う製薬メーカーに勤めていた。しかし、医療情報担当者(MR) として医薬品の効果や使い方を提供していく中で、 薬には副作用がある点が気になったそう。アメリカで体脂肪の測定器が発表されたのを機に、単身でアメリカへ足を運んだ。
「副作用がなく、より運動に効果的だった測定器に興味を持ちました。当時スポーツ科学においてドイツやアメリカが先端を走っていて、日本の遅れを実感しましたね。でも、海外の技術の落とし込みができれば、日本のスポーツの世界における位置づけも変わっていくだろうなと思いました。」
帰国後、中京大学の北川薫教授とともに、体脂肪率を算出する分析方法(回帰式) を、超音波測定による新しい体脂肪率測定方法として発表。超音波脂厚計の開発も行った。2006年に青木晃先生と発表した、BFI(部分皮下脂肪指数)を測定する機器は世界に広まり、現在も各国の企業と取引を行っている。
体脂肪の測定器の販売から始まった誠鋼社は、徐々に美容の分野にも活動の幅を広げた。現在は商品開発と輸入商品の販売、トレーニングや施術メニューの作成を行う。メニュー開発では、アジア人・日本人用のセラピーのメニューを、エステティシャン に教えることもあるそうだ。
「体質も顔の脂肪も、国によって全く違います。なので、海外の美顔器などを輸入する際には日本人用のメニューを作ることが重要です。日本のお客様のニーズは細かいので、それに合わせたメニュー開発を行います。」
機器を販売する際は、サロンやトレーナー、接骨院の先生方に、開発した新しいメニューを教えることもある。身体の知識を持っていないと、商品を売ることは難しい。
「商品をもっていくと、当然『うちの店舗ではどういうメニューができますか?』と聞かれることもあります。我々はその道のプロフェッショナルに説明をしなくてはならないので、商品の機能についてはもちろん、身体に関する知識も備えていないと弊社の営業は難しいです」
ただ、営業先で話すのはクリニックやサロンの社長が多く、購入するまでに長い時間はかからず、即決になってくるという。
「今までにないメニューを作るわけだから、皆さん飛びつきは速いです。そのスピード感もこの仕事の面白いところですよね」
また「知識をつけるのと並行して、人間力を高めないと仕事というのはうまくいかない」と松村さんは主張した。多くの知識が求められる仕事ではあるが、それだけで仕事は成り立たない。それは研究者であり、経営者でもある松村さんが導き出した一つの答えなのかもしれない。
自身も大学までサッカーをしていた松村さんは、アスリートの引退後のキャリアについても言及する。
「ある程度競技を続けて、それからスポーツ系の仕事に就くとなると、環境が良くないことが多いでしょう。そのため弊社がアスリートを継続できなかった方々の、二次的な仕事になればいいなと思っています」
アスリートのセカンドキャリアは、スポーツ界における恒常的な課題だ。実際に、ビジネス経験を持たないまま年を重ねた選手が、引退後の就職に苦戦するケースも多い。一方で、1つのこと極めることで培ってきた、目標達成に向けて一心不乱に努力する姿勢は、アスリートの強みでもある。
誠鋼社では、2019年にコンディショニング&ビューティーをテーマに「OPTIMUS STUDIO(オプティマススタジオ)」を始めた。このスタジオでは、主にエステティシャンや柔整師、トレーナーといった専門家たちに、製品の使用方法の理解を深めるセミナーや、メニュー作りの相談を行う。またスポーツと美容の分野の掛け合わせで、取引先のプロフェッショナルたちが、既存の知識の上に、新たなビジネスモデルを発見できる場所にもなっている。
「機械ばかり導入したり、物販だけ頑張ったりしてもダメで。測定と施術、そして自宅のメニューの3つを回転していかないと、店舗に人は入りません。商品を買ってもらうだけでなく、取引先の方たちのビジネスのマインドの向上や、機械を導入した後に効果を出すためのサポートをすることも、弊社の仕事です」
オプティマススタジオには、取引先の方たちが通う一方で「ここで勉強していけば開業もできる」と、松村さんは自社の社員たちがビジネスについて学ぶ場所としても考えている。
「競技や身体に関する知識はあったとしても、ジムを経営するとなると話は変わってきます。2022年には、自分でパーソナルジムを経営したけれど、うまくいかなかった社員が入社しました。彼もうちで働くうちに、経営が滞った要因が徐々にわかってきたと言っています。元アスリートたちが、他の店舗との差別化や、弊社のようなBtoBのビジネス構造を知ることで、営業などの能力アップにも繋がると思いますね」
結果を追い求めて継続する不屈の精神と、ビジネスの知識が合わさることで、アスリートたちが新しいステージで飛躍できる可能性は大いにある。現役のときに積み上げてきたものは、引退した競技者たちを支える最大の武器になり得るのだろう。
現代は健康でいるだけでなく「健康で綺麗になりたい」という方が多いと松村さんは言う。そんな人たちが、手術をするのではなく綺麗でいられるように、というのが誠鋼社の目指すところだ。
「そのニーズに答えるため、エステはコンディショニングを勉強し、接骨院もビューティーを勉強して、両方とも提供していく必要があります。弊社の社員たちは、『エステサロンだけどトレーニングの仕方を教えて』とか『接骨院だけど、エステティシャンを入れて美容のメニューを作りたい』と、部署間でお互いに教え合っていますね」
測定をしない接骨院や、無理なダイエットをさせてしまうエステサロンも、まだまだ存在する。しかし、今後はよりお客様に対する説明責任が重要になっていくと、松村さんは語気を強めた。
「我々の仕事は、健康な方やトップアスリートの方をもう1つ良いコンディションにあげることなので、すぐに効果は出ません。それでもこの業界は身体のことなので、嘘は絶対にダメで。正直に、まともにやらなくてはいけないんです。これからの時代は、よりお客様とコミュニケーションをとり、個々人に合わせた効果的なメニューを提示していくことが求められると思います」
身体についての研究が進行すると、技術も新しいものに移り変わる。日進月歩で進歩するこの業界には、10年前の機器はほとんどない。
お客様により良い技術を提供するための「この世の中にないものを開発する、日本にないものを持ってくる」という信念。松村さんは30年前から変わらない探求心で、海外の学会や勉強会に足を運び、新たな情報を会得し続けている。
【PROFILE】松村 秀一(まつむら しゅういち)
株式会社誠鋼社、代表取締役。大学までサッカーを続け、卒業後は製薬メーカーに就職。20代後半に単身でアメリカに行くと、スポーツ科学や整形領域での日本の遅れを実感する。帰国後は体脂肪研究を行い、1990年には体脂肪率を算出する分析方法を中京大学の北川薫教授とともに発表。2006年には靑木晃先生とともに部分皮下脂肪指数、BFIを発表した。現在はスポーツの分野だけでなく、美容の分野にも進出。2019年には、オプティマススタジオを開設。アスリートのセカンドキャリアに対しても課題感を持っている。
設立年月 | 1976年04月 | |
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代表者 | 松村秀一 | |
従業員数 | ||
業務内容 | 美容、スポーツ、医療機器の開発および輸入販売
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