「声優になりたかった。でも生活のためにアルバイトに追われていた」
「武術一筋で生きてきた。でも気づけば将来が見えなくなっていた」
独立支援を軸に事業を展開する株式会社Antraceで働く堂土杏音さん、米本二一さんに共通していたのは、一度は人生の岐路で立ち止まった経験でした。何を隠そう、Antraceを立ち上げた社長・堀薫さんも、大学進学をやめ、留学もコロナで断念したという、挫折を経験した一人です。
年齢も経歴もバラバラ。しかし「挑戦したい」「変わりたい」という想いだけを携えて集まった人たちは、ここで新たな目標を見つけ、自らの未来を切り拓いています。Antraceにはなぜ再挑戦する人が集まるのか。その理由を探ります。
(取材・執筆:小林 千絵、編集:小西 秀人、池田 翔太郎)
──最初に堀さん、株式会社Antraceを立ち上げた経緯を教えてください。
堀 学生時代は勉強が得意じゃなかったんですが、高校2年生のときに猛勉強をして偏差値を15上げました。そしてある大学に推薦で入学できるくらいまでになったのですが、入試の一週間前くらいに転機が訪れました。DJ社長さん(※1)の「好きなことで生きていく」みたいな動画を見たんです。DJ社長さんも僕が進もうとしていた大学の出身なのですが、その動画のなかでDJ社長さんが「実際に行ってみたけど、経営者になる上では大学は意味がなかった」と話していて。僕は経営者になりたいと思っていたので「じゃあ自分もやめよう」と思って、進学をやめました。

──早い上に思い切った決断ですね。
堀 はい、先生にはものすごく怒られましたけどね。そこで僕はアメリカの大学への進学にシフトチェンジをしたんですが、入学できるくらいまでの英語力を身につけたところでコロナ禍で行けなくなってしまった。絶望的な気持ちになっていたときに、独立や起業をサポートしてくれる企業と偶然出会いました。そこで1年4か月ほど下積みをして、独立をしました。今の時代、当時の自分のような思いを抱えている人はかなり多いと思うんです。就職がうまくいかない人、やりたいことはあるのに何をすればそこにつながるのかわからないという人。だからこそ、そういう人たちのための場所や環境を作りたいと思って立ち上げたのがAntraceです。今、5期目になります。
──経営者になりたいと思っていたのはどうしてだったのでしょうか?
堀 僕の父親が経営者で、六本木で長く飲食店を経営しているんですね。その父は、僕が幼い頃、幼稚園に「今日、豚持ってきたよ」と言って豚の丸焼きを始めたり、「宝くじを買ってきたよ」って100万円分買ってきて「開封企画しよう」と言ったりするような人で。そんな父を見て「僕もこんな面白い大人になりたい」と思って、経営者を目指しました。中学生の卒業アルバムには、将来の夢として「20歳で社長」って書いていましたから。
──その夢は叶いましたね。
堀 はい。20歳になる誕生日の前日に独立しました。
──堂土さんは学生の頃に空手で全国優勝、米本さんはWUSHU(日本でいうところの「武術太極拳」)という中国武術の日本代表と、それぞれスポーツに打ち込んできたスポーツ人財だと伺いました。そんな輝かしいスポーツ経験があるお二人がAntraceに入社したのはどういった経緯なのでしょうか?
堂土 私は空手を辞めたあと、声優を目指していました。短大で声優について学び、卒業後に本格的に挑戦しようと思っていたんですが、ちょうどコロナ禍と重なってしまって。「チャンスを掴むなら東京だ」と思い、上京して養成所にも入りました。ただ、生活費や養成所代を払うためにアルバイトを掛け持ちする毎日で、気づけば「私は何をしに東京へ来たんだろう」と感じるようになっていました。養成所の進級試験では練習時間を十分に確保できず不合格になってしまった。そのときに「やりたいことを続けるにはまずはお金や環境が必要なんだ」と痛感しました。そんな中で出会ったのがAntraceでした。

──Antraceに惹かれたのは「稼げるから」?
堂土 正直、最初は「稼げる」というところに惹かれて面接に行きました。でも面接で堀さんと話したり、独立した方々の話を聞いたりする中で、「この人たち、人生楽しそう!」と感じて(笑)。私はやりたいと思ったことには飛び込んできたタイプなので、「後悔したくない。チャンスがあるなら挑戦したい」と思って入社を決めました。
※1=福岡出身の男性DJで起業家。YouTuberとしての顔も持つ。
──米本さんがAntraceに入社された経緯はどのようなものなのでしょうか? WUSHUの競技および指導で十分生活できそうなものですが。
米本 そうなんです。おっしゃるとおり、武術業界は食べていけるんです。実際、僕は競技者としてだけではなく、中学生のときからレッスンを受け持ってビジネスをしていましたし。ただ、一方で「ずっとこのままでいるのは嫌だな」とも思っていたんです。生まれたときからずっとここにいて、この業界しか知らない自分が嫌だったから。でもどうしてもぬるま湯から抜け出せなかった。でも人生って何が起こるかわからないんですよね。僕、同じ業界の方と結婚していたんですが、離婚することになったんです。それが今から6年前。37歳のときでした。元妻とは業界が同じなので、まずは業界を抜け出すことにしました。とはいえ、僕はほぼ武術で進学もしてきたので、学歴で言うと“小卒”みたいなもので。漢字の書き順もわからないというおじさんになりました。

──実際はそんなことないでしょうが、ご自身の体感としては、きっとそういう気持ちだったんでしょうね。
米本 はい。精神的にも参っていましたし。そこで最初に見つけた仕事がイオンモールでの早朝の清掃のバイト。偶然にも堂土さんの地元のイオンモールだったそうです(笑)。
堂土 はい。家の目の前のイオンモールでした(笑)。
米本 清掃の仕事は楽しかったんですが、一緒に働いている人たちと話をしているうちに「将来が見えない」という現実にぶつかって、結果的に1か月で辞めました。次に働いたのがコールセンター。給料もどんどん上がって、生活も充実してきてすごく楽しかったんですが、周りの若い子たちが2〜3年で次々と辞めていって。辞めていく人たちの話を聞いているうちに、環境を変えようという気持ちになって東京に行くことにしました。「東京だったら何か変わるかもしれない」という非常に安易な考えで(笑)。で、その東京での働き先で、Antraceの方と接する機会があって「いいな」と思って転職をしました。
──Antraceのどんなところに惹かれたのでしょうか?
米本 人間関係と、独立支援があるというところです。独立支援があるという話を聞いたときに「僕はゴールがある仕事がしたかったんだ」と思いました。実際、Antraceに入ってみたらめちゃくちゃ楽しくて「この会社で一生やっていく」と感じました。
──堂土さんも米本さんも、独立支援に惹かれてAntraceに入社されています。堀さんは、独立というゴールがあることでスタッフの士気が上がるというのはわかっていたんですか?
堀 そもそも僕が飽き性で、ひとつの会社で同じ仕事をずっとやるというのができないんですよ。だから同じようなタイプの人って他にもいると思っていて。そういう人でも働けるということを提示したいという気持ちもありました。



(上から高校時代は王国・静岡でサッカーに励んでいた堀さん、空手で全国を制した堂土さん、WUSHUで国際舞台で実績を積んだ米本さん)
──堂土さん、米本さんはAntraceで働くようになってからご自身はどのように変化したと思いますか?
堂土 私が一番変わったと思うのは物事の捉え方です。私はもともとかなり飽き性で、興味を持ったことはすぐやるんですが、ある程度できるようになると満足してしまうタイプでした。実はアルバイト経験も13か所くらいあって。映画館や家電量販店、アクセサリー販売など、どれも楽しくやっていましたし、結果も出していたんです。でも、どこかで「まあいいか」となってしまって、長く続かなかったんですよね。そんな中でこの会社に入って、仕事そのものではなく“自分自身の成長”に目を向けるようになりました。同じ業務でも、自分がどう成長できるか、どんな影響を周りに与えられるかを考えるようになったんです。以前は「自分がよければいい」という感覚も正直ありました。でも今は、自分の経験を通して、再挑戦したい人たちの力になれるような会社を、独立してつくりたいと思っています。
──「自分がよければ」という感覚から、利他的に考えられるようになった、その変化は何が生んだと思いますか?
堂土 やっぱり環境ですね。堀さんやすでに独立をされた方など、自分より先を行く人たちの考え方を日常的に聞けるんです。その影響はすごく大きかったと思います。気づけば、自分自身の考え方も変わっていて「人生って楽しいな」と思えるようになりました。

米本 僕もまったく同じです。この会社で働くようになってから、毎秒毎秒が楽しいんです。何より人間関係が良いんですよ。うちの会社はイベントが多くて、以前は学校一棟貸し切って「逃走中」をやったことがあるんですが、「体育館集合ね」と言って体育館に行ったら200〜300人くらいが集まっていて。だけどなかなか始まらないなと思ってふと周りを見ると、こっちではバスケをやっていて、こっちではバレーをやっていて、談笑している人がいて……みたいな。本当に和気あいあいしている会社だなと思いました。それでいて、仕事をするときはしっかりしているからすごく働きやすいです。それと……これ言っちゃっていいかな。Antraceの仕事って、仕事自体はすごく簡単なんです。学歴がほぼ“小卒”の僕でも簡単だと思うくらいなので、ちゃんと学がある人がやったらもっと簡単なんじゃないかな。だからみんなAntraceで働いたらいいのにって、心から思います。
──ただ、仕事が簡単だとそれこそ飽きてしまいそうなものなのですが、ずっと楽しく働けるのはどうしてなのでしょうか?
米本 なんかゲームみたいな感じなんです「マインクラフト(※2)」みたいな感じ?(笑) 一つずつはそこまで難しくなくて、一つクリアするたびに次の課題がやってくる。その課題も難易度が一気に上がるわけじゃないから、達成感を感じながら気がついたら成長しているっていう。だからうちは離職率もかなり低いんですよ。しかも独立した人もビジネスパートナーとして一緒に働けるので、ずっと楽しいです。
※2=全てが四角いブロックでできた3Dの世界で、冒険、採掘(素材集め)、建築、生活などを自分の思い通りに楽しめるゲーム。
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──先ほどスタッフの皆さんで「逃走中」を模したゲームをやるというお話もありましたが、マラソン大会やトライアスロンに参加・ゴールしたら出場料を会社から出す、筋トレをする集まりがあるなど、会社として運動をすることを推奨しているそうですね。堀さん、これはどのような考え方からなのでしょうか?
堀 僕もはじめは運動にそこまで興味がなかったんですが、スタッフの人間関係がいいので、シンプルにスタッフに対して「死なないでほしい」と思ったんです。健康でいてほしい。そのために大事なのは食事、運動、睡眠。このなかで日本人が特に欠けやすいのが運動らしいので、どうにか運動してほしいなと思って、まずは自分がフルマラソンを始めて「みんなでフルマラソン出ましょう」と言い始めたのがきっかけです。みんなに一回出てもらうためには、自分は10回出ようと思って、今年はフルマラソンとトライアスロンをあわせて10本のレースに出る予定です。

──合わせて10回?!すごい!
堀 スポーツへ目を向けるようになった理由がもう一つありまして。意図していたわけではなかったのですが、僕がサッカー経験者だからか、メンバーにスポーツ経験、しかも全国大会に出たことがあるというようなレベルの人たちが増えてきて。彼らは「将来的にスポーツジムを経営したい」とか「地元の部活を応援したい」とスポーツ領域でのビジネスを目指している。だったら、スポーツに関心があるスタッフを増やしておけば、将来的にみんなでスポーツビジネスができるんじゃないかなと思って。
──実際Antraceではスポーツ事業も予定しているそうですね。
堀 最近、Jリーガーも多く輩出しているある大学のサッカー部から声をかけてもらって、スポンサーとして関わることになったんです。これを機にスポーツを軸にした事業も広げていけるんじゃないかと考えています。実際に話を聞くと、大学スポーツの現場はかなりシビアでお金がある大学とそうでない大学では環境に大きな差がある。コートの確保や部活動の運営も、スポンサー頼みになっているケースが少なくありません。だからこそ、単に支援をするだけではなく、大学と企業が一緒に事業をつくる形ができないかと考えています。例えば、サッカーやフットサルのスクールを共同で運営して、その収益を部活動の運営資金に充てるようなモデルです。一つ成功事例ができれば、スポンサーに頼るだけじゃなく、自分たちで事業をつくり、部費をまかないながら企業とも協業できるという形が広がっていくと思っています。
──ありがとうございます。最後に、皆さんの今後の展望を教えてください。
堂土 私は先ほども言ったように独立を目指しています。私のように、何かを目指していたけど諦めてしまった人が再スタートをできるような会社をつくっていけたらと思っています。自分の会社を持つにはもっといろいろな知識をつけることも必要だと思うので、知識をつけて、地元の人に「変わったね」と言われる人になりたいです。
米本 僕は今43歳。おじさんなんですけど、自分がこの歳で挑戦してみて思ったのは「おじさんって結構強いんじゃない?」ということ。だから僕がこの会社で活躍することで、Antraceをおじさんもおばさんも活躍できる日本一の会社にしていけたらと思っています。
堀 今年で会社を立ち上げて5年目なんですが、これまでに10名が独立していて、今年だけでも5人以上が独立を予定しています。しかも20代〜40代という、経営者にしては比較的若いスタッフたち。思考が柔軟で、熱量が高い若い世代が経営者になることで、日本全体がエネルギーに溢れて面白くなっていくんじゃないかなと思います。僕は最近の冷笑文化がすごく嫌いで。実際、中学生のときに「社長になる」と言ったときも、高校生のときに「偏差値を15上げる」と言ったときもバカにされた。だけど実際に叶えてきた。だから、そういう大きな挑戦ができる環境や挑戦をする文化を、まずは自分の身の回りから普及させて、それを日本中、さらには世界中に広げていけたらと思っています。

【PROFILE】
米本 二一(よねもと ふい)
マイブームは「仕事」とにかく面白すぎます。座右の銘は「前言撤回」。一度言ったことを曲げないともったいないので。あとは「凡事徹底」。
堀 薫(ほり かおる)
学生時代から好きな言葉は「できっこないを やらなくちゃ(サンボマスターの曲から)」。サッカーの試合前などにずっと聴いていました。
堂土 杏音(どうど あかね)
マイブームは筋力トレーニング。ジムに通い始めておよそ半年で5キロ痩せました。座右の銘は「やらない後悔よりやった後悔」。
| 設立年月 | 2021年11月 | |
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| 代表者 | 堀 薫 | |
| 従業員数 | ||
| 業務内容 | ・テレマーケティング事業
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