名門から老舗へ「100年企業」になるための人財と組織づくり

株式会社イトマンスイミングスクール 東京ブロック長・昭和の森校スクール長 桜井 徹浩

名門から老舗へ「100年企業」になるための人財と組織づくり

株式会社イトマンスイミングスクール 東京ブロック長・昭和の森校スクール長 桜井 徹浩

子どもたちの習い事として定番のスイミングスクール。健康効果にも注目が集まり、近年では大人になってから始める人も増えるなど、幅広い世代がスイミングを楽しんでいます。1972年の創業以来、日本の水泳界をリードしてきたイトマンスイミングスクール(イトマンSS)。多くの人にスイミングの魅力を届けるとともに、これまで数多くの五輪代表選手も輩出し、日本の競泳界の発展にも大きく貢献してきました。そこで今回お話を伺ったのは、イトマンSSのコーチとして長年指導に携わり、現在は東京エリアのブロック長を務める桜井徹浩さんです。スイミングを一つの事業として社会に定着させ、世界で活躍する選手の育成と、多くの子どもたちの成長を支えてきた歩みと、そこに込められた情熱について伺いました。
(取材・執筆:齊藤 僚子、編集:伊藤 知裕、池田 翔太郎)

高校生からスイミングの指導現場へ

幼少期から水泳に親しみ、コーチとして多くの生徒の成長を見守ってきた桜井さん。現在は東京ブロック長、そして昭島駅前にある昭和の森校スクール長として現場を支えています。長年指導に携わってきた桜井さんに、まずは入社のきっかけからお話を伺いました。

「イトマンSSへの入社が1996年なので、入社してから30年ほどになります。水泳を始めたのは小学校1年生。当時通っていたスイミングスクールはイトマンではなかったのですが、小学校4年生から中学生ぐらいまでは選手としても活動していました。ただ高校に入ってからは、あまり水泳が好きじゃなくなってしまって。その代わり、教える方に興味を持つようになったんです。また、『水泳を嫌いになってほしくない』という当時のコーチの思いもあって『指導をやってみないか』と誘われた経緯もあり、高校生からそのスクールでアルバイトを始めました。」

教える側に興味を持ったという桜井さん。進路を模索する中で自分の経験を生かしてスポーツに関わる仕事がしたいという思いが次第に強くなっていったと話します。

「当時は学校の先生になりたいという思いもあって体育大学を目指していたんですが、最終的には体育の専門学校に進むことにしました。そうした中で、『自分を生かせることを仕事にするならスイミングかな』という思いが出てきたんです。

ただ就職を考えたときに、ずっと同じスクールで育ってきて、アルバイトもしてきたので、そこのやり方しか知らなかったんです。『そこだけしか知らないのは面白くないんじゃないか』『いろんなところに目を向けてみてもいいんじゃないか』と親や先輩方から言われまして。私は地元が青梅市で、昭島にイトマンがあることは小さい頃から知っていましたので、それなら受けてみようかなと思ったのが一つのきっかけでした。

もう一つ大きかったのは、専門学校のときの実習です。学校の近くにイトマン多摩校があって、そこで1か月間、実習のような形で現場に入る機会があったんです。そのときにコーチたちと実際に触れ合って、スクールの雰囲気を知ることができました。それから『ここでやってみたいな』と思って入社試験を受けました。」

イトマンSSといえば、多くの日本代表選手を輩出してきた名門というイメージがあります。そのため、「厳しいスクールなのでは?」という印象を持つ人も多いかもしれません。入社前、桜井さんはどのようなイメージを抱いていたのでしょうか。また、入社後はそのイメージに変化はあったのでしょうか。

「イトマンは厳しい、ということは当時も聞いていましたが、実際に入ってみるとそんなことはなくて。スクール長はいつも笑顔ですし、コーチもみんなで一緒に達成感を味わっているようないい雰囲気がありここならやっていけるかもしれない、と感じました。ただ、当時は20歳前後でしたから、戸惑いもありました。以前いたスクールとの教え方の違いに、不安や不満を感じることも多少はありました。でも、続けていくうちに『これがイトマンのやり方で、正解なんだな』ということが少しずつ分かってきました。

(イトマンSS・昭和の森校のプール)

確かに弊社は『選手指導がすごい』『コーチが熱い』といったイメージを持たれることも多いですが、それは単に厳しいということではなく、指導力が高かったり、泳ぎを上達させるコツをしっかり知っているということなのだと思います。」

「昨日の自分に今日の自分が負けない」を続けて30年

コーチは体も資本となる仕事です。そんな現場で、長年にわたり指導に携わってきた桜井さんですが、なぜこの仕事を続けてこられたのか。桜井さんの“資質”と会社の方針がマッチしていたことが大きいようです。

「私は入社してからずっと、『昨日の自分に今日の自分が負けない』という言葉をモットーにしているんです。常に成長して、輝いていたいという気持ちがありまして、振り返ってみても、本当に目の前の業務を一生懸命やってきたように思います。仕事では『嫌だな』と感じることもあります。ただ、そういう思いがあればあるほど、乗り越えたときの喜びも大きいんですよね。その繰り返しが良かったのかなと思っています。

また、2008年に弊社は東進ハイスクールや四谷大塚などの運営を行う教育企業である株式会社ナガセ(ナガセグループ)に入りました。教育に力を入れて「独立自尊の社会・世界に貢献する人財を育成する」という企業理念を掲げています。うちの会社では人材のことを「人財」と言うのですが、これは『人を大事にする』という会社の思いからの理念です。そういった考え方が自分に合っていたのかなと思いますね。」

「人を大事にする」以外にも、イトマンSSだからこそ感じられる魅力、そして強みについてはどんなところにあるのでしょうか?

「イトマンSSは、これまで数多くのオリンピック選手を育ててきましたので、日本の水泳界をリードしてきた存在であることは間違いないと思います。そういう環境ですから、社員は世界を見据えた選手の育成に携われるという点も大きな特徴だと思います。他社との違いとして、弊社は全てのスクールで選手活動ができる体制になっています。他社では、運営の都合で例えば大人のクラスだけに重点を置くといったところもありますが、その点、弊社では全スクールで選手育成に取り組んでいるため、総合職として入社したスタッフは誰もがその活動に携わることができます。

イトマンの進級制度は2025年5月に変更されました。30級からスタートしてスモールステップで1級合格を目指す仕組みになっているのですが、その過程の中で選手コースへ進む生徒もいます。しかしそうした選手たちが育つ背景には、日々の中で最初に土台をつくるコーチの存在があります。そのことをみんなが理解しているので、チーム一丸となって取り組めているのは企業の強みかなと思いますね。」

(コーチ時代、大会で入賞した教え子とツーショット)

イトマンSSの魅力、そして強みについて語る表情は柔らかく、そして言葉が次々とあふれてくる桜井さん。30年近くの指導歴の中で「この仕事をやっていてよかった」と感じた出来事ついて、次のように話してくれました。

「子どもたちを教えていると、できなかったことができるようになる『その瞬間』に立ち会えることがたくさんあります。例えば、小さい子であれば、顔を水につけられなかった子ができるようになった瞬間や、レッスンでずっと泣いていた子が泣かなくなった瞬間などです。また選手であれば、全国大会での優勝を目指して、辛い朝練習も頑張って、その目標を成し遂げた瞬間に立ち会えることもあります。

また、これはつい最近のことなのですが、23年前に私が昭和の森校で働いていたときの生徒が、お母さんになって入会してくれていたんです。そうやって教え子が戻ってきて、また新しい縁がつながっていく。これってやっぱりいいなぁって思いますよね。『こんなことありましたよね』と笑いながら思い出話ができる。こういう瞬間にも、この仕事のやりがいを感じますね。」

目を細めながらエピソードを紹介する桜井さん。目指したいスイミングスクールの形とはどういったものなのでしょうか?そこにはキャリアを30年近く積み上げた、指導者としての本質が詰まっていました。

「私が部下に伝えているのは『生徒全員を特別扱いしましょう』ということ。『特定の子を特別扱いせず、集団指導をしよう』というのが普通でしょうけど、私は生徒全員が特別扱いを受ければみんなが得をした思いができるし、良いスクールになるのではないかなと思っています。このスクールに一歩でも足を踏み入れたら、みんな笑顔になって帰って欲しいんです。これが一番。常日頃からスタッフに言い続けています。」

一緒に考えよう「長く続けられるやりがい」

現在、桜井さんは東京ブロック長を務める傍ら、全国の運営に関わる研修も担当し、指導者の育成にも携わっています。これまで30年弱の桜井さん自身のキャリアを振り返りながらも、スタッフにはどういったキャリアを歩んで欲しいのか。やりがいを持って長続きさせたいという“親心”をのぞかせました。

「実は、入社したときから役職に就きたいと思っていたわけではありませんでした。ただ、生徒を指導する現場でも、最終的に方針を決めるのはスクール長なんですね。あまり良い表現ではないですが、自分の『城』をつくって、自分なりのプランやモデルを形にしてみたい、という思いはありました。でも、最初の10年くらいは役職もなく、そういったことを意識することもなく過ごしていました。目の前にいる生徒が笑顔になってくれることが一番嬉しくて、それこそ『昨日の自分に今日の自分が負けない』ということだけを考えてやってきたという感じです。今もそれらが原動力になっていますね。

今の時代はキャリアというものが以前よりも大事になってきていると感じます。だからこそ、スタッフ一人ひとりがやりがいを持って長く続けられるよう、キャリアについて考えることも大切にしています。例えば数年ごとに、『今このスタッフは何に興味を持っているのか』を聞いてみる。そして、それを実現するためにはどんな経験を積めばいいのかを一緒に考える。その上で『今後これを経験をすれば成果につながるんじゃないか』という感じで一人ひとりに落とし込むように心がけています。もちろん、全員が役職を目指しているわけではありませんし、キャリアアップを望んでいるわけでもないと思います。その人に合った形で、ある程度の道筋を提示していくことも自分の仕事として大事なのかなと思っています。」

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次の50年へ。受け継いでいきたいスクールのカタチ

イトマンSSで指導の仕事をする上で、一番大切なのは「子どもが好きであること」と断言する桜井さん。ここまで、指導者の仕事の奥深さや試行錯誤、そこに込められた思いを語ってくれました。

さらに、これから桜井さんご自身が目指していることや、イトマンSSをどのように盛り上げていきたいと考えているのか。また、これから入社してくる新しいスタッフとどのような組織づくりをしていきたいか、今後の展望について伺いました。

「まずは、これまでもやってきたこととして、目の前にある業務から逃げずに、一つひとつ一生懸命取り組んでほしいということですね。そして、任された仕事に対してどんな成果が上がったのかを振り返ることを大事にしていきたいです。上下関係を気にするよりも、それぞれが役割を持ってチームとして一緒にやっていく。その中で、お互いの立場を理解することが大事だと思っています。

これは現在の社長から教わったことなのですが、チームづくりのポイントとして『7つの共有』という考え方があります。ミッションの共有、目標の共有、段取りの共有、情報の共有、感情の共有、組織図の共有、そして仕事の共有です。私はこの考え方を、いろいろな取り組みを進めるときに常に意識しています。

また、入社した当時の社長が話していた言葉も印象に残っています。それは『この会社を100年続く会社にしたい』という言葉でした。イトマンSSは1972年12月9日にできた会社で、50年以上続いています。会社の形は変わってきていますが、長く続く会社にしたいという思いは、今も同じだと思います。

老舗と呼ばれる企業は100年続いたところから、とも言われます。スイミングスクールとして半世紀を超えた今だからこそ、これから先の50年も続いていく会社にしていきたい。もちろん、これからは少子化も進んでいきますし、簡単なことではないと思います。それでも後輩たちに、さらに磨きをかけたスクールを残していけたらと思っています。」

【PROFILE】

桜井 徹浩(さくらい てつひろ)
東京ブロック長・昭和の森校スクール長

「目の前の人を笑顔にしたい」という想いを原点に、生徒や保護者、スタッフとの関わりを大切にしながら日々の指導やスクールの発展と、より良い環境づくりに尽力している。水泳のほか、学生時代にはスキューバダイビングやサーフィンも楽しみ、ジェットスキーへの興味から船舶免許を取得するなど、水や海に関わるアクティビティを幅広く愛好している。

第1位

第2位

第3位

第4位

第5位

設立年月 1972年12月
代表者 永瀬昭幸
従業員数 合計300名【男:145名/女:155名】(正社員のみ)
業務内容

・スイミングスクール事業
・フィットネス事業
・体操・ダンス教室事業

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