「自分の長所と短所を教えてください」
面接で必ずと言っていいほど聞かれる内容だと思う。企業の採用担当は、その人のパーソナルな部分を知るためにこのような質問をしたり、アイスブレイクして本心を聞き出そうとすることがしばしばある。一方で、スキルに関しては履歴書を見ればある程度は理解できる。となると、面接は本人のスキルの確認と会社のカラーに合うかどうかの確認だけと言ってもいいかもしれない。
一方、アスリートとなるとどうだろう。年俸はいくらか、チームの戦術にどうフィットできるか、プレイ以外の付加価値をどれだけつけられるか……etc そんな目線でGMとプレイヤー(ないしは代理人)が話をし、行く先々を決めている。サラリーマンと違うのは"引退"があるかどうかだけだが、それが1つ高いハードルになっているのかもしれない。
現在『BLUE GATE』というフィットネスクラブを経営する、元バスケットボール男子日本代表選手の伊藤俊亮氏は「正直、アスリートのセカンドキャリアは、そんなにムズかしくないです」「広い視野でみれば、経験を活かせることっていっぱいあるんです」と非常に物腰柔らかく語る。今回のテーマは『アスリートのセカンドキャリアについて』だが、話を聞けば聞くほど、将来設計や自分の商品価値をどう人に伝えればいいか等々を悩む全ての人に伝えたい内容ばかり。この記事は、将来に悩むあなたに捧ぐ、彼からのメッセージだ。
(取材:構成=スポジョバ編集部 小林亘)
__伊藤さんはセカンドキャリアについてかなり早い段階から考えられていた、とお話を聞いています。正直、私は"元日本代表選手"という選手として輝かしいキャリアを歩まれていた部分しか知らないのですが……(すみません……)
伊藤:いえいえ、ありがとうございます!僕、正直バスケットで食べていこうって考えたのは、かなり遅かったんですよ。たぶん大学3年の終わりくらい……?ですかね?
__えぇ……!?!?当時B.LEAGUEがなかったとはいえ、JBLやbjリーグはあったと思うので……。てっきりプロを目指していた方なのかと……。
伊藤:「最終的には」そうなんですけれどね。だから普通に「エントリーシート書かなきゃ」って、何社か送ったりもしたんですよ(笑)。ただ当時中央大学の先輩(下地一明氏)が、熱心に僕をしごいてくれたことで「全国レベルで戦うのって面白いな」って思い始めたていたんですよね。そのタイミングで学生ながら日本代表チームに呼んでいただけたりして。それくらいから「バスケットで就職する」って考え始めたので、本当にそれくらいです(笑)
__意外ですね……!となると、普通にサラリーマンとして生きていこう!と考えられていたわけですね?
伊藤:本当にそうです(笑)。僕の父が自分で会社を立ち上げた人なので「いつか自分も会社を経営したい」っていうのが当時の漠然として夢で。どんなビジネスにするかとかイメージはなかったんですが、いずれにしてもそういう未来を歩みたいと思っていたので、であれば会社員として働きつつ、バスケットもできる場所はないかなと考えて、オファーいただいた東芝(現:川崎ブレイブサンダース)に入社したんですよ。
__これまた意外で、あくまでビジネスマンとしての成長を考えて選んだということですか!
伊藤:大きな会社で、会社のシステムとか仕事のやり方は学びたいって思ってましたから、東芝に入れたのは本当にラッキーでした。あとは中大のときに僕を日本代表へ引っ張ってくれた監督の吉田健司さん(現:筑波大学男子バスケ部監督)が東芝のHCをされていて、東芝のバスケを魅力に感じたのも大きかった。これは後々の話ですが、キャラクターってすごく大切なんですよ。選手としてどんな人なのかっていう、自分を商品として売っていくっていう考え。これを考えるキッカケになったのは東芝が最初の最初ですね。やっぱり「他の社員さんにも応援してもらえるような振る舞いをしなさい」と言われていましたし、配属先の同僚にどうやったら応援してもらえるのかというのは凄く心掛けていましたから。
__となると、いわゆる「デュアルキャリアを体現しながら」ではあるとは思うのですが、セカンドキャリアについてはどのくらいのタイミングから考え始めていたんですか?
伊藤:僕は東芝の次にリンク栃木(現:宇都宮ブレックス)に移籍するんです。これは東芝時代の悩みでもあったんですが、当時「プロ選手」って言えないもどかしさも持っていたんですよ。会社員としての仕事の仕方を学びたい一方で、社会人チームだったので「何やってるの?」「バスケ選手です」「あ、プロなんだ」「いえ、プロではなく……」みたいな。そんなやりとりが結構多くて。自分はバスケを盛り上げたいって考えてプレイしているのに「プロではない」って言うのがなんだかな……って。それで当時リーグ内では数少ないプロチームだった栃木に行くんですが、まさにそのタイミングですね。「じゃあプロになった後、自分はどうなるんだろう」ってセカンドキャリアについて考え始めましたね。
__セカンドキャリアについて考え始めた伊藤さんが、まずはどんなアクションを起こしたのかが気になります!
伊藤:今じゃ居て当たり前なんですけど、当時代理人っていなかったんですね。ですから次のチームに移籍するっていうときも、自分で営業活動するんですよ(笑)。そこで「自分はこういう人間で、こういう影響を与えられます!」って自己PRしないといけない。だからまずは、さきほども少しお話した自分のキャラクターづくりから始めまして。
__え!?!?じゃあブレックスにもご自身からアピールしたんですか?
伊藤:そうです(笑)。当時社長だった山谷さん(山谷拓志氏:現ラグビー・静岡ブルーレブス社長)とは、毎年契約更改の際にはチリチリやってましたよ、チリチリ……とね(笑)。
__チリチリ……と、どんな話をしていたんです?(笑)
伊藤:当然、自分はこういうプレイヤーですと。毎試合平均これくらいの数字は残せますと。それはもちろんですけど、自分がココで選手をやることで、こういう影響をチームに与えられますって話ですね。それこそプロを目指してプロになったタイプではないからこそ、たとえばスポンサー企業の社長さんと会食に行くってなったときにも、ビジネスの話は凄く興味があってビジネスの話で盛り上がれるので、きっとチームに良い影響を与えられますよ!とかとか。実際、それで「困ったらウチの会社来て働いてくれ!」ってよく言われてましたから(笑)
__なるほど(笑)。伊藤さんの場合は、プロを目指すという決断が遅かったからこそ、それがかなり働き方で生きているんじゃないかなと思ったりします。
伊藤:自分で報酬の交渉とかやるわけですよ。自分の年俸の増額・減額の話。「あなたは来年、これでお願いします」って社長やGMと1on1で言われるわけなんですが、でもこれって比較対象がないから受け入れるしかないと思うんです。でも会社で言ったらいわゆる"相見積もり"を持ってくるのが一番早いじゃないですか。それができないからこそ、どういう戦い方をするかって考えて提案して、次の三菱(現:名古屋ダイヤモンドドルフィンズ)でも、その次の千葉ジェッツでも毎回チリチリ……(笑)「契約って難しいのでわからないからお任せで」じゃ済まされない。営業マンでも金額や条件の交渉って毎回するじゃないですか。だから数字のバックボーンとか見せないといけないエビデンスとか、その話をするために気を使うポイントとか、その辺りはかなり今も活きてますね。
__トップアスリートだったとは思いますが、普通の営業マンと何ら変わらない考え方を当時からお持ちだったわけですね!
伊藤:だからこそ、ブレックスの次に社会人・企業チームである三菱を選んだんです。企業のチームと、スポンサーがあってお金を払って観戦に来るファンがいるチームって大きく違う。その違いを伝えにいくだけでもすごく面白いと思って。三菱で頑張らせてもらってたんですが、当然プロキャリアに終わりがあることは理解していて。引退後はフロントオフィスでチームの運営会社の経営をしたいっていうのはうっすらあったんです。そんな悩みを抱えながらプレイしていたタイミングで、一番具体的にお話をいただけたのは千葉ジェッツでした。「引退後はフロントとして雇います」って話を当時社長だった島田さん(島田慎二氏・現:B.LEAGUEチェアマン)にいただけて。
__それも「将来は経営に携わりたい」と発信していたから、島田さんからオファ―をもらえたんじゃないですか?
伊藤:仰る通りです。2018年に引退をするんですけれど、その後は約束通り千葉ジェッツでフロントスタッフとして働くことになるんです。引退後は、部長職をもらって法人営業をやっていたんですよ。まさにセカンドキャリアのスタートがココですね。
__ちょ、ちょっと待ってください(笑)。引退後にいきなり部長ですか??
伊藤:そうですそうです。あとは広報と物販とデザインも見ていたんですけど、プレイヤーとしては主に法人営業です。でも、法人営業って僕がこれまでやってきた経験がそのままソックリ活かせるんですよ。法人のお客様に商品を売りに行くってことが仕事じゃないですか。「千葉ジェッツってこんな魅力があります」「法人会員さんになってくれたらこんなメリットがありますよ」「こういう使い方したら面白いと思ってもらえるんじゃないですか」とかとか。これって、売り込む商品が自分から千葉ジェッツに変わるだけなんです。だから結構、すんなり馴染めたんですよ。それを考えたときに、じゃあ商品企画とかマーケティングとかって、確かに作業とかは全然違いますけど、プロセスは選手時代にやってきたことと全く同じなんですよね。
__その話、すごく参考になります!まさにビジネスマンが転職するときの考え方と全く同じですし、むしろアイデアが広がると言いますか!
伊藤:結構10ある経験の内、少なくとも5は使えるかなとか、きっとそういう考えの方って多いと思うんですけれど、私の場合は10使えないかなって考えます。だから小さな武器も「きっとこういう所に活用できる。じゃあ自分やこの商品の価値ってもっとこうだろう」とか、そういう風に考えるクセはついてますね。自分をPRすることに関して、今までの経験が無駄になるってことは1つもないと思います。きっとそれはアスリートじゃなくても。
__今のお話は非常にユニークですね!やっぱりご自身でご自身の商談等々をご経験されたのが、社会に出てからも大きいのかなぁと、お話聞いていて思います。
伊藤:そうですね。そういう視点の持ち方は、代理人がいなかったからこそより強く持っていたと思います。ちなみに最近は、Bリーグに入ってくるルーキーの選手たちに「セカンドキャリアについて」というテーマで話す場所をいただいたりすることもあるんですよ。最近の若い子たちはやっぱり子どもの頃からB.LEAGUEがあって、それを目指してバスケ頑張ることが全て。だからセカンドキャリアについてまだイメージの湧かない考えの子たちが多くて。そういう機会もいただけて、選手たちに少しでも考えるキッカケになれればなって活動もしています。
__今は代理人がいますから、伊藤さんと同じような経験は中々難しいかもしれないけれど、そこの間に入るのが伊藤さんらしいと言いますか。
伊藤:そうですね。僕は会社員としての選手、プロチームとしての選手、実業団リーグの会社のプロ契約選手、Bリーグ(トップリーグ)のプロ選手と、全ての形態を経験してきたと思っているんです。そこから見える景色は本当にたっくさんありました。しんどいところも良いところも見えたからこそ、セカンドキャリアもそうですけど視点を変えてみるっていうクセはついていると思います。見方を変えれば「この部分は一緒だ」って受け取れるので。でも結構、そういう風に一歩引いてみるだけでも、だいぶ世の中の見え方って変わってくるんですよ。
__となると、競技にまっしぐらなアスリートはもちろんですが、目の前の仕事に精一杯の会社員も、きっと見方を変えるだけでだいぶ世界が変わるんじゃないかなって、伊藤さんの話を聞いていて思います。
伊藤:セカンドキャリアを考えられない理由の1つに、今とは違う働き方に対するハードルの高さとかとっつきにくさがあると思うんです。難しいものとして捉えているというか。まぁスポーツしかやってこなかった人がいきなり会社員になるって、未知なので難しく感じてしまうかもしれませんが、これは未経験の業界に飛び込むことと全く同じで。今やっていること以外にも興味を持っておこうってだけの話なんですよ。
__なるほど(笑)。面接で「ほぼ雑談でした(笑)」みたいな話、あるあるですけれど、まさにお話いただいた通りだなって思います!そういう方ほど受かる傾向だなって思いますし。
伊藤:ですよね!私はなんだって良いと思うんです。マンガでもアニメでも、音楽でもスニーカーでも。それが何に生きるかは、次に行ってみないとわからない。そういう風に共通の話題を作れたり、競技以外のことに目を向けられたりすることが、次への一歩の手がかりになると思っています。そうすると、色んなことが色んなものに繋がっていく。「アイツあんなもの好きなんだ」って見られれば「これもどう?」って言ってくる人も寄ってくる人もいるでしょうから。だからセカンドキャリアについても転職についても、そんなに難しい話じゃないよってことは伝えたいなって思います。
>>>後編は、まさに夢だった会社経営を始めた伊藤さんが、これから実現したい未来について。
▼将来的な正社員・店長を見込んだ募集
▼アルバイトスタッフの募集
伊藤俊亮|(株)ビスタ:代表取締役
神奈川県座間市出身。204cm112g。バスケットボール男子日本代表として、2001年のアジア選手権、2006年の世界選手権などに出場した。ただ競技を始めたのは中学校から。ただし、進学先の高校は強豪校ではなかったため高校時代も競技を続けるか悩んだという。中学卒業時には190cm以上、高校在学時代に国体選手に選ばれたことで、全日本の選抜合宿にも呼ばれるようになった。進学先として選んだ中央大学では、インカレ、リーグで2度の準優勝を経験。
卒業後の2002年「社会人としてのスキルを学びたい」という想いから実業団チームであった東芝(現川崎ブレイブサンダース)へ入社。次の舞台では「プロバスケットボール選手として活躍したい」と考えJBL(当時のプロリーグ)に昇格したリンク栃木ブレックス(現宇都宮ブレックス)へ2008年に移籍。5年ほど活躍しリーグ優勝も経験した後に「ブレックスの経験を社会人チームに還元したい」と考え2013年に三菱電機ダイヤモンドドルフィンズ名古屋(現名古屋ダイヤモンドドルフィンズ)へ入団。三菱での活躍後、引退後のキャリアを考えたときに当時千葉ジェッツの島田社長(現B.LEAGUEチェアマン)から「選手として、その後はフロントスタッフとして働いてほしい」と話をいただいたことから2016年、千葉ジェッツへ移籍。2018年オフに引退し、フロントスタッフとして1年、事業部長として活躍した後に、バスケットボール業界を離れることになった。
同世代で鎬を削った選手には、現役でも活躍する宇都宮ブレックス・田臥勇太選手(#0)をはじめ、千葉ジェッツ・大宮宏正選手(#8)、HCとして活躍する安齋竜三氏(宇都宮ブレックス)、佐藤賢次氏(川崎ブレイブサンダース)、昨年引退を発表した竹田謙氏(元・横浜ビーコルセアーズ)などが挙げられる。
■フィットネスクラブ ブルーゲート公式HP
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設立年月 | 2021年04月 | |
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代表者 | 伊藤 俊亮 | |
従業員数 | - | |
業務内容 | フィットネスジムの運営など |
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