「自転車バカ」が選んだ外の世界。都村製作所で描く、業界の未来への架け橋。

株式会社都村製作所 井嶋 勇太

「自転車バカ」が選んだ外の世界。都村製作所で描く、業界の未来への架け橋。

株式会社都村製作所 井嶋 勇太

「自分の人生を、全部自転車に捧げちゃえ」。
そう決意して自転車の専門学校へ進み、愛用していたメーカーに就職した井嶋勇太さん。
まさに「自転車バカ」としてキャリアを歩んできた彼が、次に選んだのは、創業130年を超える老舗・都村製作所でした。
一見、大好きな自転車から離れる選択。しかしその裏には「このままでは業界が発展しない」という冷静な危機感と、スポジョバのキャリアアドバイザーと共に導き出した「外の世界を知る」という決断がありました。
 愛する自転車業界へいつか恩返しをするために、あえて新天地で「営業」のイロハを学ぶ井嶋さん。
スポジョバを通じて入社された方のその後を追う企画「スポジョバ採用ファイル」。
偶然にも幼少期の思い出が詰まった遊具メーカーで、彼が見つけた新たなやりがいと未来のビジョンに迫ります。

(取材・執筆:中田 初葵、編集:池田 翔太郎)

人生を捧げた自転車生活。激務の中で見えた限界

——本日はよろしくお願いいたします!早速ですがスポジョバはどこで見つけてくださったのですか?

井嶋:最初はInstagramの広告で見つけました。自転車を軸に仕事を探していたので、自分が探しているものが事細かに見られてよかったです。他の求人サイトだと求人内容が割とざっくりしていることが多かったので、スポジョバで探せて無駄な時間を使うことが無かったですね。

——嬉しいお言葉ありがとうございます!自転車求人を探されていたとのことですが、自転車のご経験があったのですか?

井嶋:幼いころから自転車に乗ることが好きで競技としても続けていました。今でも自転車が好きで趣味でサイクリングを続けています。
中学生の頃、陸上競技をやっていましたが脚を怪我してしまって。それだったら他のことをしようと思い、父が趣味として始めた自転車を自分も始めることにしました。

——そこから井嶋さんの自転車人生が始まるのですね。

井嶋:高校に入学するときに自転車のサークルやクラブがあるところに入り、結果的にクラブチームを紹介してもらい、加入することになりました。その時が一番「自転車バカ」でしたね。自分で上手い人の走り方を真似てみたり、実際に教えてもらったりして上達を目指していました。もう自転車しかありませんでした(笑)

——自転車バカ…!きっとこれを見ているユーザーさんの多くは、その競技に囲まれて生きてきた方が多いはずなので共感できると思います。そこからはどういった道を歩まれたのですか?

井嶋:自転車を取り扱う専門学校へ進みました。もうこの際、「自分の人生を全部自転車に捧げちゃえ」という感覚で専門学校に進みました。自転車に乗ること以外は全て学べるところでした。フレームを作ったり、実際にデザインをしてみたり、メンテナンスをしてみたり…。

——学生の頃から自転車を仕事にしたいと思われていたのですね。選手になる道はあったのでしょうか?

井嶋:選手の道は実力的に考えていませんでした。それよりも選手をサポートしていきたいと思っていました。彼らの生命線である自転車を活かすも殺すも自分だと考え、できる限り彼らのパフォーマンスを最大限引き上げていきたいと考えていました。

——選手を支えるという道を選ばれた井嶋さんでしたが、専門学校を卒業してからはどんなお仕事をされていたのですか?

井嶋:専門学校での講義や自転車店でのアルバイトを経験し、より多くの人に自転車の魅力を広めたいと思ったのとプロチームとの関わりもあるメーカーの仕事をやってみたいと思っていました。そこで、今まで自分が乗ってきた自転車のメーカーに興味を持ちました。求人は出ていなかったのですが、紹介をしてもらい入社する形となりました。

——ご自身が愛用していた自転車メーカーに就職されたんですね!どんな業務をされていたのですか?

井嶋:最初は営業をしていました。ただ、コロナウイルスが流行していたため、需要は高まるのに供給が間に合わないという状況で非常に大変な時期でした。その後は、様々な部署に移り、マーケティングなどもしていました。ただ、そのタイミングで静岡に転勤になってしまい、仕事量が多く、激務でした。やりたいことはできているけど、やりすぎている状態でしたね。そこで転職を考え始めました。

「外の世界」を見る覚悟。CAと二人三脚で乗り越えた転職の足かせ

——そこからスポジョバにご登録いただき、キャリアアドバイザー(CA)の小林と都村製作所さまに採用されるまでの道のりが始まったんですね。まずは、お互いの第一印象を教えてください!

小林:さわやかな好青年という感じでした!自転車が好きで、そこを軸にお仕事を探されているのだなと感じました。

井嶋:画面越しだったというのもありましたが、イケイケな感じで。端的に言えば陽キャでした…(笑)

——お二人は同い年と伺っていましたが、そんな第一印象だったとは(笑)。自転車の仕事を探していたということで、小林さんからも自転車の求人を紹介したのですか?

小林:いえ、外の世界を見た方がいいと伝えていました。自転車業界の発展を目的に求人を探されていた井嶋さんでしたが、外の世界からどうやって自転車業界が見られているのかを分からないと大衆が感じる魅力を伝えられないですし、今後のためだと感じました。

井嶋:正直、納得するまでに時間はかかりました。自転車業界にいるので、自転車から離れるイメージが湧きませんでした。他の業界にいって通用するのかなという不安が一番強かったですね。転職の大きな足かせとなっていたことを覚えています。

——結果的に都村製作所さまにいらっしゃるということは、何か変われるきっかけがあったということでしょうか?

井嶋:実は、自分も小林さんが言っていたことと同じことを思っていました。自転車業界って人の動きが自転車業界の中で完結してしまっているんです。それこそ外からの何かがない。このままだと発展しないなと痛感していました。自分で思っていたものの、行動に移せていませんでした。それを自転車好きの知り合いに話したところ、その通りだよと言われたんです。だったら一回出てみるかと軽いノリで決めることができました。

——ご友人と陽キャ小林の言葉が後押しとなったんですね…!そこからすぐに都村製作所さまに決められたのですか?

井嶋:いや、そういうわけでもなくて…。都村製作所を含めてスポーツ業界以外の求人も受けて、結果的にいくつか内定をもらっていました。ただ、数社しか見られていないのではないか、本当にここに絞ってしまっていいのかと不安になってしまい、一度辞退をさせていただきたいと伝えました。

小林:ある程度、そう来るだろうなという想定はしていました。ここで井嶋さんの意向を認めてしまうと、この先もきっと先延ばしにしてしまうだろうなと思ったので、一度一緒に考えましょうと話しましたね。

——確かに人生を変える転職ですから慎重になりますよね。一度は迷われた転職でしたが、結局その中の都村製作所を選ばれました。その決め手はなんだったのでしょうか?

井嶋:色々受けていく中でも都村製作所が頭一つ抜けていました。それは本当に偶然なのですが、幼少期に大好きで遊んでいたツリーの遊具が都村製作所で作られたものだったんです。一通り会社を調べている中で、なんか見たことあるなと思ったんです。両親に何度も連れてってもらうくらい好きだった遊具だったので、個人的に思い入れのある遊具を作っている会社なのだなと感じました。また、BMXにも関わっているとのことで、少なからず自分の経験が活かせるのかなと思いました。

小林:営業としてキャリアアップできると思いましたし、スポーツを通して地方創生が実現できる点も井嶋さんにピッタリだと思いました。

——本当に偶然!私もちなみにその公園の遊具はよく知っています(笑)。偶然も重なり、無事に都村製作所さまに決めることができ本当に良かったです。さて、求職者の中にはキャリアアドバイザーを介した転職支援に抵抗がある方もいらっしゃいます。今回、小林との支援を通して良かったなと感じる部分はありますか?

井嶋:正直最初は抵抗がありました。でも仕事をしながらの転職活動だったので、余裕が無かったんです。何かしらのサポートを受けながら活動した方が、自分にもゆとりをもって色々考えられるかなと思います。

——一人でやるよりもタイムパフォーマンスは確かに良さそうですね!

井嶋:あとは、何より小林さんで良かったです。自分が優柔不断なところもあるため、何かを決めようとしたときに考え込んでしまいます。そこの軌道修正をしてくださったので感謝しています。

小林:照れますね(笑)!井嶋さんがどこに行くかということよりも、井嶋さんがどうやって正解にしていくのかということが大切で、そこに僕がどれだけ手伝えるのかということを意識しています。一緒に正解にしていくイメージで支援しています。

「ここにきて本当によかった」都村製作所で見つけた目標

——都村製作所さまにご入社されてぶっちゃけ、いかがですか?

井嶋:端的に言うとすごく良かったです。前の会社は基本的に言われたことをやる仕事でした。今は、こういうのをやってみたいという私の思いを汲み取ってくださいます。その上でフィードバックを返してくれるので、とてもやりやすいなと思っています。

——ご自身の思いを活かせる場所で本当に良かったです!とはいえ、今まで人生を捧げてきた自転車業界に戻りたいと思われたことはありますか?

井嶋:今戻ってもしょうがないと思っています。自分にはまだ何も無いですね。納得がいくまで都村製作所で働き、外の世界を知った上で納得でき次第、戻れたらいいなと思っています。

——自転車業界に思いがあるからこそ今ここで頑張るというお考えなのですね。具体的に都村製作所さまで頑張りたいことはありますか?

井嶋:ここでも営業を任せてもらっています。営業になると自分は喋り下手なので、営業トークがしっかりとできるようになりたいですし、お客様に提案できるようにならなくてはいけないと感じています。実際にこれが営業マンだ!と自分自身の指針となる人が社内でできたので、この人を目指して頑張りたいです。

——難しさも感じられていることだと思いますが、都村製作所さまで働くからこそ感じられる楽しさや魅力は感じられていますか?

井嶋:他にも体育器具メーカーはありますが、都村製作所は遊具やアミューズメント、ゲーム機器などもあるんです。そこは一つ魅力だなと思っています。体育器具に強い人たちは沢山いる。でも、まだ遊具やアミューズメントに強い人たちは少ないので、他の人たちがやっていないものに特化してやってみたいなと思います。

——アミューズメント器具までやられているのは初耳でした!今までのご経験が活きているなと感じる部分はありますか?

井嶋:今はまだありません。ただ、自転車業界で展示会やイベントはたくさん実施してきました。そこで法人や個人と関わってきた経験があるので、現職は公共事業が大部分を占めるなかで、自分の経験は活きてくるのかなと思っています。

自転車業界に風穴を。都村製作所で描く自転車業界との再会

——先ほども自転車業界についての課題を教えていただきましたが、改めて都村製作所さまに入ってからこそ見えた、自転車業界はどんな業界か教えてください。

井嶋:ずっと昔から変わっていないんだなと改めて認識しました。人もそうですし、やり方もそうです。自転車業界は、基本的に自分たちで何かするというよりは、外的な要因がないと売れない業界です。例えば災害があったときやアニメが流行ったときなど。安定して何か売れ続けることがないので、ソフト面に弱いなと感じます。

――入ってみて感じることもたくさんあるんですね。例えば今後自転車業界に戻るとしたら、井嶋さんはどんなことをしたいですか?

井嶋:自転車を売ることだけを考えたくないなと思いました。自転車単体で何かをしようとするだけでなく、何かと一緒になりながら売っていくことが大切だと感じています。自転車業界を使う側になってもいいですし、自転車と何かコラボしてもいいですし。僕がその橋渡しになれればいいなと考えています。自転車単体のサービスではなく、ソフトの部分をどう使ってもらえるかを考えながら業界に風穴を開けたいなと思っています。

――もう自転車業界の未来について考えていらっしゃるんですね。そのために都村製作所さまで頑張りたいことはありますか?

井嶋:都村製作所は、本社が香川にあって東京支店は人がとても限られています。だからこそ、メインの体育器具に特化しています。ただ、東京支店でも大型の遊具などを取り扱いたいんです。その方が関わることの多い行政だけに留まらず、企業との関わりも持てるため、そちらにも挑戦していきたいですね。

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【PROFILE】
井嶋 勇太(いじま ゆうた)
マイブームは、お酒。特にジンにはまっていて、仕事終わりに買って飲むそう。職場近くのバーのマスターが偶然にも自転車好きで、そこで飲んだジントニックが美味しかったことからはまってしまったそう。

第1位

第2位

第3位

第4位

第5位

設立年月 1939年07月
代表者 都村 尚志
従業員数 80名
業務内容

体育器具および公園遊具**の企画・設計、製造・施工、販売

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