今やっていることは「必ず」意味がある。転職を重ねてたどり着いた生き方(前編)

株式会社スヴェンソンスポーツマーケティング 上野香

今やっていることは「必ず」意味がある。転職を重ねてたどり着いた生き方(前編)

株式会社スヴェンソンスポーツマーケティング 上野香

今月、卓球・丹羽孝希選手が東京オリンピックでの男子シングルスの代表入りが確実となりました。3度目の五輪出場を支えたのは、マネージャーの上野香さん。上野さんはパラ卓球で東京大会の出場・金メダル獲得を目指す岩渕幸洋選手も担当しており、2020年に向けて日々奔走しています。

上野さんがマネージャーに就任したのは今年の4月。それまではテレビ局のADやプロ野球チームの球団職員など、複数回の転職を重ねてきました。

そんな彼女に、編集長が独占インタビューを行いました!前編では、どうして卓球のマネージャーにたどり着いたのか?スポーツ業界になぜ惹きつけられたのか?これまでの道のりを伺います。

(取材・撮影・構成=スポジョバ編集長 久下真以子)

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スポーツ業界との出会いは「西武ライオンズ」。小さい頃の感動を将来の夢に


ーー上野さんは、埼玉県新座市の出身。小さい頃から西武ライオンズのファンだったんですよね。

上野:まだドームになる前、雨天中止もあった西武球場のころから、父と兄とよく外野席で観戦していました。初めて観に行ったのが小学3年生の時ですね。それからずっと野球が好きで。

ーー私も大阪出身なので、野球が好きになったきっかけは甲子園観戦でした。小さい頃の感動っていつまでも残りますよね。

上野:テレビで見ていた人がそこにいる!という感動ですよね。特に当時ライオンズにいた松井稼頭央さんがかっこよくて、ずっと好きでした。ピンクがトレードマークで、手袋やリストバンドが子どもながらに「かわいい」って思ったんです。ファンになった入り口はそこですね。

ーーすごく女の子ならではの視点ですね!上野さんは専門学校ではスポーツを学んだそうですね。

上野:「週刊ベースボール」に入りたくて、スポーツ雑誌の編集を勉強していました。同時に、球団広報にも憧れを持つようになって。なぜかというと、専門学校の卒業制作で1冊の雑誌を作ることになり、中島宏之選手(当時西武・現巨人)に取材したくて、ライオンズに問い合わせをしたんです。「学生相手だから取り合ってもらえないかな」と思っていたら、広報さんがすごく門戸を開いてくれたんですよ。取材料うんぬんじゃなくて、誰に対しても野球を広めようと活動されているんだなというのがすごく心に残って、私もその場所で働きたいと思うようになりました。

ーー素敵なエピソード!ただ、卒業後すぐは広報ではなく、テレビで働いていましたよね。

上野:就職活動をする中で、スポーツの人脈を広げるためにも、「スポーツ」というくくりで探していたときに、映像の制作会社にたどり着きました。専門学校を卒業する前の夏からインターンとして入り、卒業後に正式に入社したという形です。






培ったスキルを、次の道に。ステップアップを重ねた20代


ーー上野さんが社会人になったのが、2009年のことですね。

上野:TBS系の制作会社に入って、ADとして働いていました。すぐに「世界陸上」がありましたね。その他には、プロ野球を担当させてもらったり、旅番組とか、韓国ドラマも。編集まで任せてもらっていました。本当に忙しくて、あっという間の3年半でしたよ。でも、いろんな分野を担当することで、よりスポーツへの気持ちが強くなっていって…。

ーーそれで転職を?

上野:はい。西武ライオンズのSNSやYoutube、球場のビジョンに流れる映像編集の募集が出たんです。「ライオンズ」に「編集」、自分にはコレしかないじゃないか!とピンと来て、応募しました。

ーー小さい頃からの憧れのライオンズで働けるなんて最高じゃないですか。

上野:自分でカメラ回して、コメントとって、編集して、アップして、1人でほとんどやらせてもらっていたので、すごく楽しかったです。思い出に残ったのが、西口文也さんの引退セレモニーの時。選手たちからコメントをもらっていたのですが、当時楽天に移籍されていた松井稼頭央さんからももらえると聞いて、私、休みの日なのに飛んでいきました。「小さい頃から見てきた人と仕事ができている…何これ?夢なの?」みたいな感じでした。すごく優しくて、私の中では雲の上の存在の人なので、神様に会えたような気分でした。

ーー憧れの人に会えるというのは、間違いなくやりがいの一つでもあるような気がします。

上野:もちろんあると思います。でも、スポーツって華やかに見えますけど、色んな裏方さんが関わっているんだというのを実際に働いてみて感じました。選手よりもはるかに裏方さんの方がたくさんいる。その人たちがチームのために、選手のために、スポーツ界の為に貢献したい。そういった思いで支えられている業界です。

ーーそのあと、独立リーグの職員になっていますよね。

上野:ご縁があって、「福島ホープス(現福島レッドホープス)」の球団職員になりました。NPBと違うのは、業務が細分化されていないこと。メインは広報業務でしたが、営業やグッズ・ファンクラブ・グラウンド業務も全部やりました。選手と一緒にグラウンドで試合を見て、家族のように楽しみも苦しみも共有する。体力的には本当にきつかったですけど、精神的には自分には合っていましたし、やりたかった「広報」にも携われたことは財産になりました。






「個人スポーツ」と「チームスポーツ」の違いとは?卓球で新たに始まったチャレンジ


ーーどんどん夢を叶えていった上野さんですが、2017年12月には東京に戻ってきました。

上野:少し、小休止のために帰ってきました。年が明けて2018年には平昌オリンピックがあって、ディレクター業務などをしながら過ごしていたのですが、その年に出会ったのがTリーグの求人でした。そこでも広報やPR、SNS関連の仕事をしていて、そのつながりで出会ったのが今の「株式会社スヴェンソンスポーツマーケティング」です。Tリーグのイベントで今の会社の会場を使わせてもらっていたご縁で、社長からオファーをいただいたんです。

ーーそのオファーの内容が、今の仕事である「マネジメント」だったわけですね。

上野:「卓球選手だけどどう?」と社長に言われました。今までは野球だったけど、選手のサポートで言えば近いことはやってきたので、自分にも役に立てることがあるんじゃないかと思ってお受けしました。弊社が卓球選手のマネジメントを今年の4月から始めるのを機に、マネージャーを探していたようです。だから弊社には今年の2月に入社して、4月からマネージャーになったばかりなんです。

ーー卓球と野球では、違いはありましたか?

上野:チームスポーツか個人スポーツなのかでアプローチの仕方は全然違いました。チームスポーツだと、チームそのものにファンがついたり、スポンサーもつくので「チーム全体」で見られることが多いですが、個人スポーツは「選手自身」の一挙手一投足が注目されるので、成績だけで判断されないようにしていかないといけないなと思いました。もちろんそれはチームスポーツでも同じだと思いますが、より強く感じましたね。

ーー確かに、「松井稼頭央さんが楽天に移籍したから西武ファンを辞める」ということにはあまりならないですよね。

上野:多少はあると思いますが、基本的にはそう思っています。でもやれることはまだまだあると思っていて、私自身マネージャーの経験が初めてですし、卓球業界の知識もまだまだこれからなので、手さぐりで突き進んでいるという形です。


▶▶▶今やっていることは「必ず」意味がある。転職を重ねてたどり着いた生き方(後編)に続く






【PROFILE】

上野香

1989年、埼玉県新座市出身。東京スクールオブビジネス(マスコミ広報学科スポーツ誌編集専攻)卒。小学生の時に見ていた西武ライオンズの試合がきっかけで、スポーツ業界を志す。テレビ局の制作会社、西武ライオンズの映像編集、BCリーグ「福島ホープス(現福島レッドホープス)」球団職員など複数回の転職を経て、2019年2月「株式会社スヴェンソンスポーツマーケティング」に入社。2020年東京オリンピックの卓球日本代表入りを確実とした丹羽孝希選手や、東京パラリンピックでの金メダルを目指す岩渕幸洋選手のマネージャーとして活躍中。



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設立 2017-04-01
代表者 山下 亮
従業員数 -
業務内容

複合型卓球施設「T4 TOKYO」、卓球コミュニティサイト「T-PLUS」の運営、オフィス向け卓球台「T4 OFFICE」の開発

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