共助を合言葉にYou’ll never walk alone ~サッカー×復興×ビジネス~

FUKUSHIMA WWW.(READY SOCIAL株式会社/代表取締役) 佐藤 夏美

共助を合言葉にYou’ll never walk alone ~サッカー×復興×ビジネス~

FUKUSHIMA WWW.(READY SOCIAL株式会社/代表取締役) 佐藤 夏美

女子サッカー選手の待遇改善を念頭に、スポーツビジネスの可能性を広げようと新規事業の開拓にまい進している女性がいる。2011年の東日本大震災による原子力災害で全町民避難を強いられた福島県双葉郡浪江町、双葉町、大熊町。そこを拠点に活動する女子サッカーチーム・FUKUSHIMA WWW.(福島ウィーアー)を運営するのがREADY SOCIAL株式会社の佐藤夏美代表だ。選手の収入を増やしていくには「女子サッカー単体だけを視野に置いていてはダメ。スポーツ業界全体を盛り上げていかなくてはいけない」と考える佐藤代表。この言葉は決して大風呂敷ではない、将来を見据えた確信であることを明かしていこう。

(取材・執筆:河合 昌浩、編集:小西 秀人、池田 翔太郎)

被災地に感じたエネルギー

女子サッカーチーム・FUKUSHIMA WWW.がスタートしたのは2025年3月。チームの拠点は福島県双葉郡浪江町、双葉町、大熊町。2011年の東日本大震災による原子力災害で全町民避難を強いられ、復興作業が未だに続いているエリアだ。チーム名は「We are=地域と共に」という思いが込められている。

「2019年に中国のサッカーチームが日本に視察に来るという話があり、仙台で中国チームをアテンドさせていただいたんです。そのときに関係者が中国チームに『三越で爆買いしてもらおう』と企画していて、地方には地方だからこそ魅力がある産品が豊富なのに、なぜ銀座と同じ行動を仙台でさせようとするのか疑問でした。

そこから、スポーツインバウンドとして地方の魅力を活かし、経済性も見込める事業を創出したいと思い、スポーツと地方創生について考え始めました。そこがチームを立ち上げるきっかけにつながりました」

思い立ったら吉日。
スポーツを通じて活性化を図っている地域の視察に全国を訪れ、まずはインプットする時間を作ったという。特に宮崎の都農町のモデルは自治体の当時の担当者も理解があり、地域にチームが溶けている様な心地よさとスポーツ×地方創生の最適なモデルと感じた。
そこから都農町のように「共に歩んでくれる自治体を見つけなくては」という課題を抱えていたときだった。

「ずっとお付き合いのあった経産省の方からアドバイスをいただいたり、福島県庁の移住定住の施策形成の業務に携わり、双葉郡の移住者と地域で活躍している企業、まちづくり会社からヒアリングをするお仕事をいただき福島12市町村中の様々な方から現状を聞くことができた。

現状を聞くと、前に進まないことはたくさんあるけど、チャレンジしている人が多いというのもこの地域なんだということに気付きました」

つまりチャンスがあるということ。
未だに原発事故の影響が色濃く残る被災地が持ってしまった負の遺産。だがそれ以上に、前に進もうとする大きなエネルギーがそこにはあった。
これを目の当たりにした佐藤代表は「ここでやれば、女子サッカーが抱えている問題とか、スポーツ業界の課題が一気に解決するんじゃないか」と思えたのだという。
では、なぜ女子サッカーなのか? なぜ東北の被災地だったのか? 
それを知るには佐藤代表の人生をさかのぼらなければならない。

続けられなかった「女子サッカー選手」

「女子サッカーの強豪校、聖和学園高(宮城)でサッカーに出会い、神奈川大学に推薦で進み選手を続けました。
サッカーは好きだった、でも卒業時にサッカーを続けるかどうかを考えたとき、仕事として続けるには給与など将来性に不安があると感じたんです」

当時のLリーグ(日本女子サッカーリーグ)のチームは、企業が抱える実業団が中心だったが、バブル経済の終焉で企業が撤退を始めていた。
企業チームに入れば、親会社で仕事をして月給が15万円ほど。だが、チームはいつまで存続するか分からない。クラブチームの所属になればほとんどの選手が無給で、他に仕事を探さなければならなかった。

佐藤代表はサッカーから離れる決心をして、アパレルの店舗開発の会社に入社。その後、税理士事務所やインテリアデザインなどの7つほど転職を経験し、2011年に仙台の実家の運送会社を手伝うことになる。

「実家の運送業を手伝っていたときに、東日本大震災にあいました。車が20台くらい流され業務再開の目処もたたず、大切なチームメイトも津波で失いました」

同じ時、福島県では原発事故による放射能汚染により除染業務を行わなくては人が安全に暮らせない状況になっていた。
叔父からの依頼から始まったが除染を行う事業を自ら立ち上げなくてはならなかった。
経験もない土木建設会社の設立だった。
そして震災で原子力災害に遭った地域(南相馬市・飯館村・浪江町・富岡町・双葉町)の除染作業に携わった。

(現在の大熊町の様子)

「私の最初の起業で29歳でした。スコップを持ったこともありませんでしたが、被災地は、やらなければ何も前に進まない状況。除染作業は誰かがやらなければならないこと。7人の建設スタッフと、懸命に作業していました」

8年ほど土木建設会社を続けた後、佐藤代表は出産を機に仙台に拠点を移し、広告代理店業を始めた。中国のサッカーチームをアテンドしたのは、この頃だ。

大好きなサッカーとの別れ、東日本大震災という自らの体験の中で、「やらなくてはいけないこと」の為に震災から時間を使ってきた。
今度は自分が「やりたいこと」に全力をつくしたいと強く感じていた。

「私がサッカーを仕事にできなかった理由。それは収入でした。今の現役選手たちも同じ問題を抱えています。まずはそれを解決していきたい。

とはいえ、FUKUSHIMA WWW.はまだ始まったばかりです。サッカーだけをやっていられるわけではありません。契約する企業で仕事をやってもらいますが、本人がやりたい仕事を聞いて、希望に添うようにしています。

例えば『スポーツに関わる仕事をしたい』と希望した選手には、大熊町の役場でスポーツクラブの立ち上げ事業に携わってもらいました。もちろんサッカーをやる環境も時間も整えています」

(仕事に従事する選手)

「この人たちだから応援したい」チームになる

FUKUSHIMA WWW.に所属する選手は、自分が希望する職種の企業の仕事をすることで報酬を得る。震災からの復興がまだ続いている地域だけに、人の力を必要としている企業は少なくない。

そして多様性が求められる今の時代、『スポーツ選手がスポーツだけをやっていればいいわけじゃない』と、佐藤代表は考える。選手たちのこの経験は、サッカーを引退したときのセカンドキャリアに必ず役立っていくと確信している。

「チームとして考えても、『サッカーチームを作りました。スポンサーになってください。応援してください』とだけ言っていてもダメなんです。それでは人は動きません。共助でなければいけないと考えています。

地域を知り、その中に入り込み、『この人たちだから応援したい』と思ってもらわなくてはなりません」

佐藤代表が震災を間近に経験してきたから、被災地の双葉郡を拠点に決めたのだろう。でも佐藤代表の胸の内にあるのは、それだけではなかった。
共助の考えがそこにはあった。
被災地だからこそ、共に成長をしていける。チームも町も強く大きく発展していける。その可能性が大きく広がっているのだ。

創設1年目の2025年、FUKUSHIMA WWW.は福島県リーグ2部で他チームを圧倒し全勝優勝。福島県リーグ1部への昇格を決めた。今年の目標は1部での優勝。優勝をすれば東北リーグへの昇格入れ替え戦に出場できる。そして来年はなでしこリーグ2部に昇格し、再来年はなでしこリーグ1部への参入を狙っている。

女子サッカーリーグのピラミッドは、頂点に日本初の女子プロリーグであるWEリーグがあるが、使用するスタジアムの規模や育成アカデミーの運営など厳しい条件があり、そこへの参入は今のところ考えてはいないという。

「創設4年でなでしこリーグ1部に昇格の目標を立てています。チームも会社も大きく着実に成長していかなくてはなりません。通常プロスポーツチームの収入は、スポンサーに放映権や試合チケット、グッズの販売から得ていますが、放映権やチケット収入など成り立たないものをビジネスの根本に置くことはできません」

女子サッカー、それも下部リーグには放映がないのだから放映権収入など存在しない。そして拠点とする双葉郡の人口は、READY SOCIALの資料によると浪江町が現在2,200人(震災前22,000人)、双葉町150人(震災前15,000人)、大熊町1,100人(震災前11,500人)。チケット収入だって多くは望めない。

「震災前は女子サッカーの東京電力女子サッカー部マリーゼがありました。そのおかげで女子サッカーチームが認知されやすい土壌はできあがっていました。双葉郡の皆さんはとても親身に応援してくれます。

でも女子サッカーを単体で見ていても、大きな成長は見込めない。ならばスポーツビジネス自体を見直さなければならないよね。そう考えて、新しい事業モデルを進めています」

(シェアオフィスとして使用している大熊インキュベーションセンター)

スポーツチームとSIM販売

スポーツビジネスの改革とはずいぶんと壮大な印象を受けるが、佐藤代表の考える構想はしっかり地に足がついたものだ。
いくつかある事業展開でも特に興味深いのは、通信事業、SIMの販売だ。

簡単に説明をすると、プロスポーツチームをキャリアにしたSIMの販売を行い、月額料金の30%をチームの強化費用として収益を得る事業。チームは顧客専用の情報サイトを作り、ファンに向けて限定コンテンツなどを展開していく。

利用者にすればSIMは必要なもの、使いながら好きなチームを応援できるなら欲しくなるだろう。チームとしたら、利用者が支払う通信料金から分配金を得て、コンテンツではチームを強化することができる。そしてREADY SOCIALはSIMの販売による利益を得るというわけだ。

「自分たちのチーム、女子サッカーを引き上げることだけを考えていても、そこには大きな発展はありません。サッカーを含む地方のスポーツチームだったり、広く見渡してスポーツ業界全体の売り上げ規模を上げていってこそ、自分たちのチームも大きく発展できるのだと思っています。

その考えからSIMの販売も始め、まずはバスケットボールのB.PREMIERに参戦するチームに営業をかけて話が進んでいます。顧客専用の情報サイトでは、オリジナルのデジタルデータでグッズなどを展開したり、練習動画を限定公開するとか、さまざまなサービスが行えるのでファンのエンゲージメントが上がっていきます」

確かにメニューが豊富な顧客専用の情報サイトがあれば、ファンのエンゲージメント、つまりチームへの愛着はさらに深まっていくだろう。

そして顧客満足度が上がれば、チームの目標に貢献したいという意欲も増してくる。SNSなどですでに行われている手法だが、SIMの顧客専用情報サイトということになればやれることの範囲がさらに広がっていく。

「ただ残念なことにFUKUSHIMA WWW.でこのSIM事業を展開するには、規模がまだ小さくてファンの数が足りていません。今はチームを育てるための資金集め。

その他にも、森林保全に取り組む自治体とJクレジット(温室ガスの削減量や吸収量を日本政府が認証して売買できるようにした証書)を買おうとしている企業をマッチングしたり、『まちづくり共同事業組合』の設立を自治体と連携して準備していたり、カフェの運営など飲食事業や旅行業も展開しています」

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震災の過去を「伝承していかなくちゃ」

事業展開のすべてはFUKUSHIMA WWW.の知名度、女子サッカーの認識を利用し、さらに広めるためである。また拠点とする地域(双葉郡浪江町、双葉町、大熊町)の活性化という狙いが含まれている。今、力を入れているという旅行業はその最たるものだろう。

「スポーツ合宿を誘致し、震災の事実を知り、教訓を学び、復興を考えるスタディツアーを合わせてプログラムしています。

私たちが地域の再生にどれだけ関われるかを考えたとき、スポーツ選手としての知名度が防災のことをハブになって伝えるのに役立つじゃないかと思ったんです。このプログラムと合宿をセットにして、私たちのチームと練習試合もできるオプションも付けて。

先ほども申し上げましたが、かつてのチームメイトのひとりを震災で亡くしているんです。あれから15年も経ちましたが、簡単に風化なんて言葉では終わらせてはいけないと思っています」

双葉町に、東日本大震災・原子力災害伝承館という県立の施設がある。2020年に開館し、地震・津波・原発事故という複合災害の実態や、復興への歩みを展示している。その施設でFUKUSHIMA WWW.の選手が2人、そのガイドを務めている。

「15年も時が経過すると、伝えることに携わる人が少なくなってきています。それが今、課題になっていて『私たちなりに伝承していかなくちゃいけない』という思いから始めました。

復興はまだ道半ばです。マイナスからゼロに戻ったくらい。

まだ、スポーツは復興計画にも入っておらず、スポーツを持ち込むには早いなんて言われることもあります。でも、地域と共助していくためにも、やらなくてはいけない大事なことだと考えています」

高校・大学時代はサッカーに心血を注ぎ、就職をしてからは7回の転職。そして実家の運送業を手伝い、東日本大震災後には自ら起業をして土木や除染作業で身を粉にしてきた。

女子サッカーチームの運営を単純に考えていない行動力と自由な発想は、人生経験が豊富な佐藤代表だからこそできることなのかもしれない。幅広く展開する事業によって資金を稼ぎ出し、FUKUSHIMA WWW.の環境は着実に整えられていくはず。

そして女子サッカーと共助の関係を築く双葉郡には人が集まり町が再生されていくことだろう。
佐藤代表の狙いがそこにあるのだから。

(佐藤代表のお母さま、娘さまと親子3代で撮影)

【PROFILE】
佐藤 夏美(さとう なつみ)

女子サッカーチームFUKUSHIMA WWW.を運営するREADY SOCIAL株式会社代表取締役社長。聖和学園でサッカーを始め、神奈川大学に推薦で進学し選手を続ける。

大学卒業時にサッカーから離れ、2005年アパレルの店舗開発をする会社に就職。その後、転職を繰り返した後、2012年土木建設会社を起業。東日本大震災による原子力汚染の除染作業に携わる。2019年には広告代理店を設立。そして2025年READY SOCIAL株式会社を設立。
 

第1位

第2位

第3位

第4位

第5位

設立年月
代表者 佐藤夏美
従業員数 13人
業務内容

・女子サッカー事業「FUKUSHIMA WWW.」県リーグ優勝、皇后杯東北大会2回戦敗退、天皇杯プレゼンター、リスペクトアウォーズ大賞
・通信事業「FAN MOBILE」プロスポーツチームをキャリアにしたSIMの販売、通信機器の販売、貸与
・自治体連携事業「まちづくり共同事業組合設立準備中」、スポーツコミッション設立等
・森林事業「木材のデジタル認証システム開発」Jクレジットマッチング等
・飲食事業「Jyubako cafe」住友商事、snow peakLOCAL FOODとのコラボカフェ

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