息子が地元のサッカー少年団に入団し応援をしているうちにのめり込み、ついにはサッカーのユニフォームやトレーニングウェアに特化したブランドを立ち上げた人がいる。ブランドの名前は「bend it」。サッカーの基本である「止める・蹴る・運ぶ」を親子で一緒に学び、子どもが努力する姿を応援したいという親御さんの気持ちを形にするというコンセプトで、親子お揃いで着られるウェアを展開しているブランドだ。主にスポーツアパレル業界でキャリアを重ねながら、副業として自らのブランドを起こしたbend itの代表・松永氏に立ち上げの経緯、そしてどのようにして自分の「好き」を仕事にすることができたのかを聞いた。
(取材・執筆:河合 昌浩、編集:小西 秀人、池田 翔太郎)
「息子がサッカーチームに入団したことが、すべての始まりでした。最初は保護者として応援をするだけでしたが、『一緒にボールを蹴りましょう』と声をかけられて、次第に子ども達の指導にも関わるようになっていきました。そうこうしているうちに審判を任されるようになり、4級審判員の資格(※1)を取得。さらにコーチとして学年を任されるなかで、D級指導者資格(※2)も取得しました。」

(ウェアの説明をしながら取材に応じる松永氏)
自身が学生時代、サッカーに熱中していた松永代表。応援をする保護者からチームを支える立場に変わっていたのは必然だったのだろう。変化の先に進化あり。立場が変わっていく中で、メーカーからチームにユニフォームが廃盤になってしまうという連絡が届いた。
「ユニフォームが廃盤になったときに、新しく作る学年や新規に加入した子の分だけを新しくしても良いのですが、公式戦になるとデザインが違うと問題になってしまうことがあります。人数が揃わないので6年生のチームに5年生が入る場合もあります。そのためチーム全員のユニフォームが揃っていないとならない、ということもありました。困ったチームから『アパレルの仕事をやっていますよね。作れますか?』と声をかけられたのがきっかけです。」
アパレル系の会社で仕事をしていることを知るチーム関係者にしたら、ごく自然に出たお願いだっただろう。普通なら「では、そういったものを揃えられるお店を探しましょう」となるところだが、松永代表は違った。
「じゃあ、ここで一気に全部作り直しましょう。」
それが「bend it」の始まり、松永代表の経験と知識がサッカーと繋がりブランド誕生へと進化した瞬間だった。
「私が手がければ廃盤ということはなくなります。パソコンでデザインをして、それを昇華転写でプリントをするわけですから、背番号も名前もひとりずつプリントできます。企画・デザイン・生産と、ひと通りやり方は知っているので全部自分ひとりでやれる。まずはチームのためにやってみようとなりました。誰かのためにやってみようということだけじゃなく、『自分の思いを形にしたい』という気持ちが強くなっていったというのもあります。副業として始めるのは正直リスクもありましたが、それ以上に今やらないと後悔すると思いました。」

※1:都道府県サッカー協会を構成する支部、地区/市区郡町村サッカー協会の参加の団体、連盟等が主催するサッカー競技の試合を担当することができる。
※2:正しくはJFA公認D級コーチライセンス。このライセンスを取得すると、地域サッカークラブや少年団での監督・コーチとして基礎的な指導ができる。
松永代表とアパレルの出会いは、高校時代にさかのぼる。埼玉県の県立高校の服飾デザイン科に進学。高校や専門学校で外部講師をしていたファッションイラストレーターの高村是州氏に強く憧れ、卒業後にアシスタントを志願。夜間はアルバイトをしながら、『ザ・ストリートスタイル』(グラフィック社)という世界のストリートファッションの教科書になるような本の制作を手伝った。その後、大手スポーツアパレル会社に就職。スポーツ系、アウトドア系と2度のアパレル会社への転職を経て、現在は在職をしながらbend itの代表を務める。転職の際はスポジョバを利用したユーザーだったとか。「当時(2020年頃)はスポーツに特化した求人転職サイトは珍しかったんです」というように、スポーツ関連の仕事をしたいという気持ちを常に強く持っていた。
「bend itというブランド名は、1990年代にミュージシャンの小山田圭吾氏が主宰した伝説的なレーベル『トラットリア・レコード』がリリースしたサッカーをテーマにした名盤『Bend It!』に着想を得て名付けました。このアルバムにはサッカーの持つ情熱や躍動、そして文化的な多様性を映し出す音楽が収録されています。私が立ち上げたブランドも、格好良く言えばそのスピリットを受け継いでいます。」

「bend it」という言葉には、「カーブをかけてシュートを曲げる」というサッカーのテクニックに加え、「常識を曲げる」「型を破る」という挑戦的なニュアンスが込められているという。
「固定観念にとらわれない自由な発想と、プレーヤーひとりひとりの個性を引き出すブランドでありたい。そんな思いをブランド名に託しました。ロゴマークは足のシルエットをモチーフにデザイン。これはサッカーの原点である『蹴る』という動作と、プレーヤーの足元から生まれるサッカーというスポーツの創造性にリスペクトを込めました。」
クールな印象のロゴマーク、洗練されたデザイン。美容サロン経営者のサッカースクールからオーダーされたTシャツでは『Cut in chance make.』、チャンスを作るのはカットインとのキーワードに、髪の毛を切るハサミを大きくデザインした。そして、試合用ユニフォームやトレーニングウェアにとどまらない親子で着るウェアを目指しているという。
「ただのスポーツウェアではなく、気持ちを乗せられる服であることを大切にしています。ユニフォームとして違和感のない機能性はもちろんですが、普段の生活の中でも自然に着ることができるデザイン。そして応援する側とプレーをする側ではなく、同じチームとして並ぶ。親も子も、それぞれの立ち位置から本気で関わる。同じものを身に付けることから生まれる一体感は特別だと思っています。ただのお揃いユニフォームではなく、記憶に残る時間を親子が一緒につくれるようデザインを心がけています。」

松永代表はデザインから仕入れ、製造、撮影、販売、発送、ECサイト運営、経理など、ブランドに関わるすべての業務を自分でやっている。その上、会社に勤めながらの副業での仕事だ。たったひとりで、そこまでできるものなのだろうか。
「全部を自分でやるからこそ迷うことも多々ありますがその分、ひとつひとつの判断に責任と自分の想いが乗ることになります。それが『このブランドは自分のものだ』という確信になり、何ものにも代えられないやりがいになっています。心が折れそうなときでも、このブランドは決して裏切らない。それが支えになっています。」
それにしてもブランドを運営していくには、かなりのエネルギーが必要になってくるだろう。副業であるのなら、それはなおさらだ。
「苦労していることは、やはり時間が足りないことですね。副業ですから、本業の仕事がメインであります。今は睡眠時間を削って、朝4時半に起きてbend itの仕事をしています。本業の仕事が終わって家に帰ってからやろうと考えていると、本業の仕事がついついおろそかになってしまいます。夜は夜で、どうしてもお酒を少し飲みたくなってしまうし(笑)。時間もお金も、ギリギリのところでやり繰りしています。でもそれ以上に、『これを届けたい』という気持ちが前に出てくるんです。簡単なことではありませんが、自分の意志で進めているからこそ、できるのだと思うし意味があると感じています。」

現在はひとりですべてをこなして運営をしているが、将来はどんな展望を持っているのだろう。
「事業として今は個人ですが、ゆくゆくはチームになって大きくしていきたいです。販路も自社のECサイトだけではなく、Amazonや楽天のようなネット上のモールへの出店も考えています。ECサイトは言ってみれば、町の1店舗なんですね。多くの人の目に触れることが容易ではない。モールサイトに出店ができれば、それ自体が広告にもなります。もっとbend itのことを大勢の方に知っていただき、ローカルチームのスポンサーや地域の大会に密着できるブランド展開を目指します。bend itを通して、体験、記憶、思い出を届けていきたいんです。子どもたちが成長して大人になり、自分の子どもとボールを蹴るときに、思い出してもらえるようなブランドになっていきたいですね。」
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個人のECサイトはインターネットの中では、大海の中の小魚のようなもの。広大な環境の中では大きな影響力を持っていない。だが、広大な生態系の中で小魚も多くの生命を支える役割を果たしているし、成長だってする。bend itがひとりでも多くの子ども達の体験を支え、親子の記憶に残る存在になるためには、さまざまなことにチャレンジをして成長していかなければならないだろう。
「自分でInstagramで流す広告動画を作っているのですが、それを任せられるスタッフが今一番欲しい人財です。構成を練り、動画を撮影し編集をしてSNSで流す。現状はすべての作業をひとりでやっているので、どうしても時間が足りないんです。週末の休みは子どもたちのサッカーの指導や試合もあるので…。任せることができる方がいれば、非常にありがたいなと思っています。」
松永代表は自分の息子がサッカーチームを卒団した現在も、子どもたちの指導や試合での審判をやり続けている。会社員としての本業に副業のbend it、そしてサッカーチームでの役割。この忙しさを続けるエネルギーは、どこから生まれてくるのか気になった。
「子どもたちを教えているときは私自身も楽しくて仕方がないんです。みんなが笑顔になってくれるといいなと思えて、保護者の方も笑顔になって。そんな幸せな空気が、サッカーが好きなんです。そして子どもたちが大きくなったときに、楽しかったサッカーの記憶と共にbend itのウェアを思い出してもらいたい。それが私の熱量、情熱になっています。」

松永代表も小学生のときに、ユベントス(イタリア)の背番号10、ミッシェル・プラティニを生で見たいと親にトヨタカップ(※3)に連れて行ってもらった。そのときのプラティニの反転ボレーシュートをはじめとするスーパープレーの数々の記憶は、ユベントスの白黒の縦縞ユニフォームと共に今でも鮮明に残っているという。サッカーというスポーツが好きで、bend itのユニフォームもそういう存在でありたいという想いが事業を継続するエネルギーなのだ。
「“好き”だけでは続かないけれど、“好き”がないと絶対に続いていかないと思います。自分が何に心を動かされるのかをちゃんと見極めて、どう形にしていくのかを考え続けること。私の場合、それが結果的に仕事につながっているのではないでしょうか。」
トレーニングウェアやユニフォームは、高級ブランドウェアではない。だが、好きでやっていた、好きで見ていたスポーツの記憶に重ねて、いつまでも胸の中に残り続ける。bend itに松永代表が込めた思いは、確実に袖を通した者に伝わっていくはずだ。これから数多くの子どもたちの夢をまとい、記憶の片隅に残っていくことだろう。
※3:1960年から2004年まで続いた世界一のクラブチームを決めるインターコンチネンタルカップの別称。1980年からトヨタ自動車が冠スポンサーになり、東京の旧国立競技場で開催されていた。

【PROFILE】
bend it代表・松永氏
小学3年生のときに人気サッカーマンガ『キャプテン翼』に夢中になりサッカーを始め、中学・高校とサッカー部に入部。中学時代はバドミントン、高校時代は美術部に一瞬“浮気”した時期もあったが、サッカーの楽しさを忘れられず結局はサッカーを続けた。プレーだけでなく、学生当時は海外サッカーの情報源として貴重だった「三菱・ダイヤモンドサッカー」の熱烈な視聴者だった。
| 設立年月 | 2024年10月 | |
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| 代表者 | 松永 | |
| 従業員数 | 1人 | |
| 業務内容 | スポーツアパレル企画生産
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