【実況アナウンサー】
どのスポーツ中継にも必ず登場する存在。スポーツ好きの皆さんにとっては、いつも聞いている声。でも、中継において決して主役になることはない立場です。そんな実況アナウンサーたちは、どんな思いで実況席に座っているのでしょうか?
今回インタビューをお届けするのは、四大大会をはじめとしたテニスの実況アナウンサーとして活躍する鍋島昭茂さん。日本中が歓喜した、大坂なおみ選手の日本人初のグランドスラム制覇の瞬間も、現地実況席にいたのは鍋島さんでした。数々の名勝負を実況し、放送中に何気なく繰り出される情報量や知識量は、解説者も舌を巻くほど。
そんな鍋島さんは、実況者という仕事にどんな風に向き合っているのでしょうか?実況に向けての準備、試合中の心構え…その鍋島スタイルは、私も大切な仕事を迎える前に、そっと思い出したいマインドでした。
(取材・構成=スポジョバ編集部 荻野仁美)
ーー「テニスの実況アナウンサーといったら!」とテニスファンの間では有名な鍋島さんですが、そもそもアナウンサーになったきっかけから教えて下さい。
鍋島:偶然が重なっている部分が結構多くて。もともと僕は中学生の時からずっと教員志望だったんです。だから教師になりやすい学校を選んで進学したくらい。いざ大学4年生になって、高校の教員採用試験を片っ端から受けていたのですが、なんと20連敗したんです(笑)さすがに気が滅入りましたよ。それで「いずれ教師になって生徒の進路指導するなら、そのためにも他業界受けてみよう」と思って気分転換にテレビ業界を受けてみました。そしたらTBSのアナウンサー試験で社長面接までいっちゃって!!
ーー・・・!!のっけからすごいエピソード!!狭き門で知られるキー局のアナウンサー試験を気分転換で受けて最終までいくなんて!
鍋島:本当にたまたまですよ(笑)でも、TBSの面接で印象的なことがあって。面接は7回くらいあるんですが、4、5回目の面接で、普通ではあり得ないような質問があったんです。「今の日本ハムファイターズのオーダーを言って下さい」って。恐らく面接官の意図としては、巨人とか阪神の人気チームではなく、当時マニアックな位置にいた日ハムなら言えないだろうから振り落とせるだろうって(笑)でも僕にとっては一番好きなチームだったんです。なので当時(1988年)のオーダーはもちろんのこと、その数年前1981年に優勝した時のオーダーも全部答えたんです。「1番センター島田誠、背番号8、九州産業大学中退。2番ショート高代、背番号2、法政大学…」っていう風に経歴のおまけもつけて(笑)
ーー今でも言える事にも驚きなのですが、当時の面接官も相当ビックリしたでしょうね(笑)
鍋島:その面接がきっかけで一気に社長面接までいったんです。今、考えてもあの質問は神様が味方してくれたとしか思えなかったですね。その時に、あんなにも教員採用試験はうまくいかなかったのに、アナウンサー試験はこんなにトントン進んで…もしかして教員じゃなくてアナウンサーになる運命なのかなと感じました。その後、TBSでは最終面接で落ちてしまったのですが、御縁あってTBS系列の岡山県の山陽放送でアナウンサーになる事になりました。実はその翌日に、都内の女子高から採用通知が届いたんですが、その時にはアナウンサーになるってきっぱり決めてたので、迷いはなく岡山に向かいました。
ーー運命的というか、すごい展開ですね…。山陽放送に入社してからはどんな番組を担当されたんですか?
鍋島:ありがたい事に、入社してすぐに野球やサッカー、バスケ、バレー、相撲…ありとあらゆるスポーツの実況を担当させてもらえました。珍しいのだと綱引きとかも!全部で12~13種目は喋ったかな。その度にルールを猛勉強したり、自腹で全国に試合見に行ったりして無我夢中で吸収していきましたね。
ーー山陽放送でスポーツアナウンサーとしての礎を築いたわけですね。その後、出身の東京に戻ってフリーとして活動を始めたんですよね。
鍋島:でも、もともと僕、東京でフリーのスポーツアナウンサーとしてやっていこうという野心は全くなくて。色んな人が縁を繋いでくれて、ラジオCMのナレーション読んだり、イベントMCしたりしているうちに、いつの間にかフリーアナウンサーになっちゃって。その流れで野球場でイベントMCをしていた時に、あるテレビ制作会社の方から「テニス実況やってみませんか?」ってお声がけ頂いたのがきっかけで今に至るという感じで…。本当、引き寄せられるようにして、今の立場にいるなぁと振り返っても思いますね。
ーー現在は主にグランドスラムを始めとした海外のテニスツアーの実況をされていて、年間100試合は喋っていると思うのですが、それぞれの試合の準備ってどれくらいかかるんでしょうか?
鍋島:だいたい試合の対戦カードが決まって実況担当が割り振られるのが、試合前日の夕方くらいなんですよ。そこから準備しますね。まずすることは水分調整(笑)テニスの試合は6時間に及ぶ事もありますから、試合中お手洗いに行きたくならないよう前日から調整します!それと同時に7~8時間かけて、それぞれの選手のプロフィール表作りをします。
ーー7~8時間…!そんなに何を調べるんですか?
鍋島:近況や最近の成績はもちろん、それぞれの選手のジュニアの頃からの人生を一度振り返ります。インターネットや過去の資料を調べながら「あ、18歳の時にこの選手と対戦してるのか」とか「怪我してこれくらい休んでたんだ」とか、その選手の人生に思いをはせる。もう選手本人より知ってるくらいに調べるんです。でもね、実際試合が始まっちゃうとその資料に目を落とすことってほとんどないんです。資料を作る上で頭に入っているっていうのもそうだし、基本的には自分がデータを出すことよりも解説者との会話や目の前の描写が一番大事だから。100調べて出す情報量は5いくかどうかですね。だから実況の苦労ってそれまでの準備段階でほとんど終っているんですよ。試合が始まったら試合に乗っかって行くだけ。試合が始まる前までが実況アナウンサーの勝負!だと僕は思っています。
ーーそんな準備を終えていざ本番!では、試合中はどこを見ているんでしょうか?実況席には、視聴者が見ているのと同じ映像が流れているモニターがありますが、それを見ているんですか?
鍋島:すごくいい質問!(笑)最近の若い実況アナウンサーはよくモニター見て喋っているけど、時代なのかな?僕は、あのモニターほとんど見てないです。基本的には、生の世界を見ています。映像って3次元の世界でしょ?だから映像ではわからないような立体的な部分。テニスでいえば、ネットのどこにボールを通しているかとか。あとは空気感だったり、陣営の表情、風、太陽の位置とか…
ーーまさに五感で伝えているわけですね!
鍋島:それが現地にいる僕らの役目だと思います。気象描写の練習するために、僕は屋外球場に野球の試合見に行って実況の練習をよくしています。ドーム球場じゃダメで、屋外っていうのが大事!あらゆる不測の事態に対応できるように。
ーーすごい!山陽放送時代も全国取材行脚されてましたが、キャリアを積まれた今もその実況練習しているんですか?
鍋島:やらないと怖いんです。何が怖いのかって、下からの突き上げではなくて自分の技術が衰えることが。今までの偉大な先輩方もキャリアの晩年、反射神経が衰えていったのは紛れもない事実で。最近は球場で声出せないから、観客席でマスクしたまま脳内実況していますよ(笑)
ーー鍋島さんは、錦織圭選手がアジア人男子で初めてグランドスラムの決勝に立った時(2014年全米オープン)、大坂なおみ選手が日本人で初めてグランドスラムを優勝した時(2018年全米オープン)、その歴史的な試合どちらも実況されていました。あの時、実況席で特別な感情はありましたか?
鍋島:いえ、それは全くないですね。ただただ今大会決勝の試合を実況する。その決勝カードの1人がたまたま日本人だっただけ。そういうイメージですね。現地でも盛り上がっていたけど、当時の日本の盛り上がりは僕の想像を超えていたみたいで、帰国してから、とんでもない試合を実況したんだなって実感しましたけど(笑)
ーー放送人として中立である事は大前提なんですけど、それでも日本国内だけで放送されるものですし、少し日本人選手に寄った実況になってしまったり…はないのですか?
鍋島:僕自身、スポーツが好きな人間として、いわゆる応援実況されてもつまらないんですよ。片方に偏った実況をされたら、勝ったとしても相手の強さやすごさもわからないし、勝ったその価値もわからないから。それがあるから、自分がやる時はいつどんな時も50:50でいようと思っています。結局それが一番テニスの振興に繋がるかなって。仮に応援実況していて、その選手のファンになってもらったとしても、その選手が引退したらもうテニスへの興味そこで終っちゃう。何年、何十年経ってもずっとテニスを好きでいて欲しい、更に言うと日本人選手を通じて外国人選手も好きになって欲しいと思っています。
ーー競技を好きになって欲しい、その思いが鍋島さんの実況の根底にあるんですね。鍋島さんにとって実況ってどんな存在ですか?
鍋島:ん~…実況ってなくてもいいんですよ。試合映像と現地音があればスポーツ中継は成り立つ。だから実況アナウンサーって刺身のツマみたいなもんです(笑)
ーーえっ…?!
鍋島:じゃあなんで、いなくてもいい人がここにいるのかって考えると、たぶん見ている人により楽しんでもらうため。現地でしか知りえない情報とか、その選手のプロフィールやサイドネタを話すことで、よりその選手を好きになったり、その試合の面白さを増してもらうため。僕がここにいる理由を逆算して考えると、自ずと視聴者が欲しい情報がわかってくる。例えば格下の選手が、格上の選手相手に試合序盤リードしていたとする。実は格下の選手がこのサーフェス(コートの種類)に強いとか、前回の対戦で格上の選手はこの選手に苦戦していて、その時の苦手意識があるんじゃないかとか。そういった情報をだした上で、解説者に意見を聞いていくのが僕の役目かなと思っています。
ーーなるほど!よりスポーツを楽しんでもらうための案内人…この役割ってアナウンサーの仕事全てに言えることかもしれないです。あと実況者は解説者とのコミュニケーションも大切になってきますよね。
鍋島:もちろん試合が主役だけど、実況ブース内でいえば主役は解説者ですから。僕はあくまで素人なので解説者に語って頂かないといけない。そのために、試合前日に解説者の人生も調べておきますよ!現役時代、どんな選手と対戦してどんな経験をしてきたのか。解説者がどういう思いでその試合を見るのかはあらかじめシミュレーションしておいて、解説者の記憶を思い起こすきっかけになるような情報や聞き方を意識しています。
ーー数々の名勝負を実況してきた鍋島さんが、ひとつベストマッチをあげるならどの試合ですか?個人的にもとっても気になります(笑)
鍋島:2005年シーズン最後のマスターズカップの決勝フェデラーvsナルバンディアンの試合ですね。当時フェデラーは24才で世界No.1になったばかりの頃。直前の大会で足を挫いていたのだけどNo.1の責任を感じてケガをおして出場。対するナルバンディアンは大会直前にお父さんを亡くしていて…。そんな2人の色んな思いが溢れた試合で、4時間33分の大熱戦!!僕も2人のプレーを見て実況しながら号泣しちゃいました。あの空気感を肌で味わって、現地で実況する素晴らしさを感じた試合でもあったし、フェデラーがこれからテニス界を引っ張ていくんだなと実感した試合でもありましたね。
ーーグランドスラムじゃない所も鍋島さんらしいです!!では実況アナウンサーとして今後の目標はありますか?やはりオリンピック喋ってみたいとか…
鍋島:う~ん…オリンピックもよく聞かれるんですが、あまりそういう思いはないかなぁ。さっきあげたあの試合みたいな試合をもう一度喋ってみたいって気持ちはありますね。あとフェデラーとナダルのそれぞれの最後の試合は喋りたい!!2人のプロ選手としてのキャリアがちょうど僕のテニス実況アナキャリアと重なっていて。あの2人がどういうキャリアの終え方をするのかは見届けたいし、あの2人が引退するまでは僕も引退できない!って密かに思っています(笑)。
ーーフェデラーとナダルは、プレーでも人柄でも世界中のテニスファンを魅了していますが、鍋島さんもそのお一人だったのですね!最後に、鍋島さんのような実況アナウンサーになりたい!という若者にアドバイスをお願いします!!
鍋島:自分が負けないものをひとつ持ちなさいってことかな。英語力でも、スポーツの歴史を含めた知識でも、言葉の美しさでも…。もっといえばドラマの知識でもいいんですけど(笑)この知識なら一晩中語れますってものをもっていると、それが意外な所で武器として役に立つんですよ!僕の最初のTBSの面接みたいに(笑)
ーー説得力あります!!どんなニッチな事でもいいから、自分の負けない分野を持っている人は強いですよね!
鍋島:でもね、矛盾しているように聞こえるかもしれないけれど、ひとつのフィールドでとらわれすぎてもダメ。例えばテニスが好きでテニス実況したいのなら、他のスポーツもやった方がいい。そうしないとテニスの良さがわからないから。団体競技の良さがわかれば、テニスの見方もまた変わってくると思うし。絶対これだけは負けないってものを持つと同時に、ひとつに絞らない…可能性はどんな所に転がっているかわからないからね!!最初は広くやっていたとしても、やっていくうちに淘汰されて、自然と分野は狭まっていくと思いますしね。
鍋島昭茂(なべしま・あきしげ)
1964年東京都生まれ。東洋大学卒業後、山陽放送にアナウンサーとして入社。数々のスポーツ実況やラジオの音楽番組、またTBSの人気番組「ザ・ベストテン」のRSK追っかけマンなどを担当。10年半勤めた後、出身の東京に戻りフリーアナウンサーに。ラジオCMやイベントMC、また野球実況など幅広く活動。現在は主にGAORA、WOWOWなどの放送局でテニスやバレー中継の実況として活躍中。
テニスファンの間での愛称は「鍋ちゃん、鍋島さん」。
元野球少年で、小学生の頃からラジオの野球実況を聞きながらアナウンサーのフレーズを何気なく覚えていたそう。趣味は神宮球場で東都大学野球の観戦。実況練習の傍ら、数年後ドラフト上位指名される選手を当てるのが得意。「東洋大学の梅津(ドラゴンズ)、甲斐野(ホークス)、上茶谷(ベイスターズ)の3人は絶対1、2位で指名されると思ってた!」と本人談。
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