「ヴィクトリーナ姫路は最終形態」。
そう断言する上原光徳氏は、大阪エヴェッサ、西宮ストークスを経て、現在はバレーボールリーグの女子1部(SVリーグ)に所属するヴィクトリーナ姫路を率いる人物だ。Bリーグの前身であるbjリーグ黎明期から、プロスポーツチームの経営に携わってきた。その豊富な経験から導き出された「最終形態」という言葉。そこには、欧州型のスポーツ文化を参考に、地域に深く根ざしたプロスポーツチームの姿が投影されている。
上原氏は、プロスポーツチームを「ローカルコンテンツ」と断言する。それは、単に地域を拠点とするだけでなく、地域を巻き込み、コンテンツの神輿を担いだ”祭り”の中に入ってきてもらうことを意味している。
しかし、日本のスポーツの成り立ちは欧州とは異なる。無理に欧州型にする必要もなく、日本独自の道でつき進めばバレーボール業界、ひいては日本のスポーツ業界の展望は明るい。プロスポーツチームを複数経営した経験を持ち、別種目でも一緒に挑戦できる心強い仲間がいるからこそできる未来がある。
(取材・執筆:伊藤 知裕、編集:中田 初葵)
上原氏は、日本のスポーツ文化と欧州のスポーツ文化を対比させながら、相違点を指摘する。
「欧州では、地域コミュニティの中で生まれたクラブチームがあって、その地域の中で一番強いクラブがプロになっていく。つまり、地域に支えられてプロができる。そして、クラブは育ててくれた地域に貢献する。その相互関係の中で地域スポーツ文化が育まれてきた。サッカーに限らず、様々なスポーツにおいて地域に根ざした総合型地域スポーツクラブが存在し、人々の生活の一部となっている。」
総合型地域スポーツクラブとは、様々な年齢やレベルの人が多様なスポーツを楽しむことができるクラブのことだ。地域住民の健康増進、青少年の育成、地域コミュニティの活性化など、多岐にわたる役割を担っている。
「しかし、日本におけるプロスポーツチームでは企業スポーツとしての歴史が長く、地域に根ざしたプロスポーツ文化が根付いていない。また地域におけるスポーツは学校の体育が中心であり、プロスポーツチームと地域スポーツとの関連が弱い。そのため、プロスポーツチームが地域に受け入れられるためには、より積極的な働きかけが必要となる。」
日本では2011年に制定されたスポーツ基本法でも地域におけるスポーツの振興を促す内容が盛り込まれたものの、依然としてプロスポーツチームは企業に抱えられている構図が色濃く残る。上原氏は、これでは真の地域密着は実現できないと考える。
「町自体のシンボルになること。そのためにも、地域において横のつながりは非常に大切で、誰かが応援すると『私も私も』と広がっていく。そして、地域社会の元気の源になっている。」
上原氏は、スポーツチームは上に位置するものでもなく、支えられるだけの関係になるのでもなく、地域における横の関係を築くことの重要性を説く。誰かのものではなく地域みんなのものであること、あくまで地域コミュニティの一員である、と。ヴィクトリーナ姫路は、まさにその地域の人々にとって「おらが町のチーム」となることを目指している。
「ヴィクトリーナ姫路は、私たちのものではなく、地域のみなさんのものです。私たちは、その運営を任されているという立場です。」
どうしても一緒にされがちな”プロスポーツチーム”と”スポーツチームの運営団体”だが、この二つは密接に関与するものの異なる存在だ。上原氏の表現を借りると、チームはお祭りにおける神輿だ。神輿を担ぐのは地域のみなさんであって、お祭りの実行委員会だけで神輿が担がれるわけではない。神輿としての魅力を増していくことと、お祭り自体を盛り上げていくこととでもやることが違う。まずはお祭りを盛り上げることに相当する部分の戦略を、ヴィクトリーナ姫路を例にして語ってもらった。
なお、姫路エリアの商圏の特徴としては、以下のものがある。
商圏人口: 播磨地域を中心に人口は約120万人。神戸や大阪などの大都市圏と隣接している。
工業地帯:西日本を代表する播磨臨海工業地帯があり、大手企業の工場や本社が集積している。
バレーボール:ヴィクトリーナ姫路のオーナーでもある元女子バレーボール日本代表監督の真鍋氏の地元。歴史的にバレーボールが盛んな地域とも言われている。
チームをどのように地域へ浸透させ、お祭りを盛況させていくのか。上原氏は、具体的な戦略を次のように語る。
● 多世代を巻き込む: 子どもから大人まで、あらゆる世代が楽しめるイベントや企画を展開する。コアなバレーボールファンだけでなく、ライトなファミリー層の獲得にも特に注力すべき。そのためにも学校へのアプローチは欠かせない。オフシーズンはもちろん、オンシーズンにもセカンドチームを活用して地域と直接的な接点をたくさん設けるようにする。
● 繰り返し来やすい仕組み: 来場しやすい雰囲気作りを重視しながら、金銭的な来やすさにも目を向ける。個別の席だと家族4人で1万円を越えることも珍しくなく家計を圧迫するが、ブース席などを用意することで家計に優しくすることも将来的にはできる。まずは2階席を無料開放し来場のハードルを下げている。
● 地域社会との連携: 地元の企業と連携し、地域経済の活性化にも貢献している。先ほどの2階席の無料開放もバラマキとして行うのではなく、スポンサー企業に買ってもらい社会貢献活動の一環として行う。無料開放だけでなく、スポンサー企業の従業員とその家族にとっても交流の機会を設ける場所にする。
これらの活動を通して、ヴィクトリーナ姫路は、地域の人々に愛される「おらが町のチーム」としての地位を確立しつつある。しかし、雰囲気作りだけではダメだ。神輿自体が魅力的なものでなければ、実態が伴わない。
上原氏は、欧州のような総合型地域スポーツクラブと日本の実業団チームとの共存が、バレーボール業界の発展には不可欠だと考えている。
「実業団チームは、選手や環境に対して大きな資金を投下し、バレーボール業界の土壌を肥沃にしている。実業団チームがSVリーグを引っ張るのは間違いない。それがあってトップレベルの競技力は維持されて国際的な舞台で活躍する。そして、バレーボールの普及・振興に貢献する。」
実業団チームがあったからこそ日本のバレーボールは強くなったと言っても過言ではない。あまり知られてはいないかもしれないが、世界の名だたるバレーボールプレーヤーが日本の実業団チームでプレーしていた。また世界ランキングで上位にいる日本女子バレーボールの代表選手の多くは国内リーグに所属している。
「我々のようなプロスポーツチームは、その流れを活用しながらも地域に密着して取り組む必要がある。実業団チームと地域スポーツクラブの両者がそれぞれの役割を果たすことで、バレーボール界全体が活性化していく。」
ヴィクトリーナ姫路は総合型地域スポーツクラブの要素を多分に取り入れた地域密着型のプロスポーツチームである。実業団チームとは異なる戦略で、地域スポーツの発展に貢献していく考えだ。それが出来るのは、上原氏の豊富な経験と仲間の存在がある。
上原氏は、Vリーグ(SVリーグ)の改革を進める大河チェアマンとの連携を重視している。
「大河チェアマンは、リーグをより魅力的なものにするために様々な改革を進めている。私もその改革に協力し、リーグの発展に貢献したいと考えている。大河チェアマンとは、Bリーグ時代から親交があり、お互いのビジョンを共有している。リーグを地域に根ざした魅力的なリーグにするために、共に力を合わせていきたい。」
大河チェアマンとはお互いにバスケットボールからバレーボールの領域へ転身してきた点で共通する。上原氏がバレーボール界へ挑戦する際にも大河チェアマンに相談をしていたようだ。また取材の前日に会食をされるほど親交も深く、志を同じくする仲間の存在は大きい。上原氏のビジョン実現の現実味が増す。
「リーグ自体の収益は今まで8億円程度だったものが、2023-2024シーズンは30億円程度まで増加する見込み。大河チェアマンの手腕によるものが大きいが、リーグ全体が変わろうとしている変革期にあると思う。」
なお、ヴィクトリーナはSVリーグのライセンス取得条件である売上6億円をすでに越えている。それでもまだまだポテンシャルはあると言う。
「ヴィクトリーナは10億円規模までいける。収益におけるホームゲームの比率はまだ5%。これを20%くらいまで引き上げられる余地は十分にある。そうなれば強化費(選手の年俸など)を大幅に引き上げて、リーグの上位でしっかり戦える状態になる。だからこそtoCの領域が大事。」
プロバスケットボール立ち上げの時期を共に戦い抜いてきた、上原氏と大河チェアマンの二人だからこそ理解できる感触があるのだろう。しかし、Bリーグはプロ化しているのに対して、まだSVリーグはプロと実業団の混合型だ。資金力も豊富で実力上位の実業団チームではなく、地域スポーツクラブに相当するヴィクトリーナがリーグに対して与える影響はどういったものがあるのだろうか。
上原氏は、プロスポーツチームがローカルコンテンツ化することの重要性を、欧州のスポーツ文化との対比を交えながら強調する。
「欧州では地域に根ざしたスポーツクラブが、地域文化の一部として人々の生活に溶け込んでいる。クラブはスポーツを通して人々の交流を促進し、地域社会の絆を強める役割を担っている。日本でもプロスポーツチームが地域に根ざすことで人々の誇りとなり、一体感を醸成することができる。また、地域経済の活性化や地域課題の解決にも貢献できる。プロスポーツチームは、地域社会にとってかけがえのない存在となるのだ。」
ヴィクトリーナ姫路は、その先進的な取り組みを通して、日本のプロスポーツチームの新たな可能性を示していると言えるだろう。上原氏は、ヴィクトリーナ姫路を「地域と共に成長するチーム」にしたいと考えている。
「私たちは、地域の人々の声に耳を傾け、地域ニーズに応えられるチームでありたい。そして、地域の人々に夢と希望を与えられる存在でありたい。そんなヴィクトリーナが日本一となることに意味がある。」
上原氏の言葉には、地域への深い愛情と、ヴィクトリーナ姫路の未来に対する強い想いが込められている。日本にある資産は都市にだけあるわけではない。むしろ、世界遺産などを含む日本の文化は地域にこそ存在する。お祭り自体もその文化のひとつだ。お祭りを盛り上げるために、地域スポーツクラブの存在が欠かせない日が来るのは近いのではないだろうか。
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【PROFILE】
上原光徳(うえはらみつのり)
愛媛県出身。大阪エヴェッサの親会社であるヒューマングループで広告宣伝等の統括を経て、bjリーグ創設時に代表取締役社長として大阪エヴェッサを立ち上げる。その後、西宮ストークスの代表取締役社長も歴任。2021年より経営戦略アドバイザーとして、株式会社姫路ヴィクトリーナに参画し、2023年6月より株式会社姫路ヴィクトリーナの代表取締役社長へ就任。
趣味はビートルズのCD収集。小さなころになかなか集めるのが難しかったCDを古いレコード屋さんで探し出すのが楽しみのひとつ。
設立年月 | 2016年03月 | |
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代表者 | 上原 光徳 | |
従業員数 | 18名 | |
業務内容 | プロバレーボールチームの運営、アスリートのマネジメント |
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